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Dynave(ダイナブ、東京・港)は、事業計画などをネット上で簡単に策定できるシステムを開発し、融資申請の業務負担を減らす。資金調達に悩む経営者を支援する一方、「融資可否を適正に評価できる」と金融機関の支持も集める。
「起業前の経営者にとって一番の悩みはファイナンス(資金調達)。IT(情報技術)の力を活用してそこを支援したい」
ダイナブの杉守一樹社長はこう考え、2019年にインターネット上のサービス「Scheeme(スキーム)」を立ち上げた。起業家と金融機関を結び付ける新しいプラットフォームだ。資金調達に特化した、こうしたサービスは珍しい。
起業を目指す多くの人は自己資金が乏しく、金融機関から融資を得て事業を始めようと考える。ところがそこで壁にぶち当たる。融資関連書類を整えるのに手間がかかり、金融機関に何度も足を運ぶ必要があるからだ。
起業家と金融機関の間の障壁をなくす
スキームが狙うのは、起業家と金融機関との間にあるその障壁を取り去ること。例えば、勘定項目に数字を打ち込むだけで、事業計画書、収支計画書など金融機関への融資申込関連書類を簡単に作成できる。
一方、金融機関側は、チャット機能などを活用して起業家と接触。事業計画書などを閲覧しながらやり取りして、適正に融資審査を進める。ネットを活用することで、電話や郵送、書類の持ち込みといった経営者、金融機関双方の負担を大幅に減らすことができる。
「例えば、美容室を開業するなら、事業計画書、開業届、融資返済計画書、売り上げ根拠に関する資料、店舗設備に関する見積書など約15種類の資料を作成・提出しなければならない。スキームではこうした手続きの多くをネット上で済ませて、本業の準備に集中できる」(杉守社長)。20年時点で、1件当たりの平均調達額は約900万円、希望融資額に対する調達率は9割超だ。
各自治体の制度融資や国の補助金を簡単に申請できるサービスを提供していることも強みだ。メニューの「調達方法を探す」から調達希望額などを選ぶと、制度融資や補助金の内容が一覧表示され、申請もできる。書式がバラバラで、経営者の多くがこうした制度をうまく活用していないと指摘される中、手軽に申し込みできる点が受けた。
サービス開始当初は利用者が少なかったが、20年1月以降の新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、資金繰りに窮する事業者から「補助金を活用したい」といった問い合わせが殺到。20年5月だけで資金調達に関連する相談が約3万件に上り、サービスの利用者も急増した。利用者は21年7月時点で1600人を超え、20年の段階で累計140億円以上の資金調達に成功、ダイナブの売り上げも急拡大している。
Scheeme(スキーム)の利用者数。コロナ禍でも順調に増えている
杉守社長は1990年生まれの30歳。富山県氷見市で育った。高校時代に「自分には1番になれるものがない」と悟り、自分で何でも決められる経営者になろうと考えた。最初は美容室の開業を目指して東京の美容専門学校に進学。複数の美容室に「無給で働かせてほしい」と直訴し、学校に通いながら実店舗のマネジメントを学んだ。
さらに、経営学を体系的に学ぶため、法政大学経済学部に3年生として編入学した。スーツを着て就職活動にいそしむ同級生との距離を感じて中退した後は、独立を見据えて金沢市の会計事務所に就職、創業支援などに関わった。
ダイナブを創業したのは2016年。会社のホームページ作成などのデジタル支援事業が主だった。売り上げは順調に伸び、スタートアップ企業の成功者としてITセミナーの講師などに引っ張りだこの存在に。順風満帆だった。
しかし、何か物足りなさも感じていた。起業を目指す若い人の相談に乗っているとき、その「何か」が分かった。彼らが悩んでいたのは、資金調達や資金繰りだった。会計事務所勤務時代に、財務上は黒字ながら、資金繰りに窮して倒産を決断した企業を何度も見てきたことを思い出した。
「培ってきたITのノウハウでファイナンスの部分をシステム化すれば、多くの企業の挑戦を後押しできるのではないか」。自分が起業した際の経験からも、潜在的なニーズはあると確信した。競合の多いデジタル支援事業だけでは会社を継続して拡大するのは難しいとも考え、資金調達支援事業に思い切ってかじを切った。
創業後の資金管理も支援
「自己資金がゼロで税理士から『融資獲得は無理』と言われていたが、金融機関から1400万円を借りることができ、早い段階で事業を軌道に乗せられた」。利用者からはこのような感謝の声が多く集まり、杉守社長は新しい事業に手応えをつかんでいる。
19年12月には、事業計画書だけでなく、開業届け書類の作成、店舗などを設営する業者への見積もりの依頼など起業までの一連の流れをネット上で完結できるようにサービスを充実させた。起業時の融資だけでなく、資金管理にも関わることで伴走型の支援が可能になった。
事業拡大を踏まえ、20年春に金沢から東京に本社を移した。だが生まれ育ち、これまで事業の拠点としてきた北陸への思いは変わらない。「ネット時代に北陸だからできないということはない。地元には優秀な人材がたくさんいる。僕を見て、多くの人が後に続いてくれる」。そう確信する。
(日経ビジネス 小原擁)