会社の役割ってなんだろう。
私たちの会社ではコロナ禍よりも前、2016年からリモートワークを開始するようになり、オフィスへ行く機会もだいぶ減りました。緊急事態宣言が出された時は、週に一度としていた出勤日も、月に一度、出社しての全体会議も、みんなの安全を優先して基本はオンラインで行いました。長い期間、オフィスへ出社しない日が続きましたが、それでも会社が何とか動いていくことを経験し、会社は「志を同じくする仲間の集合体である」ということをあらためて実感しています。
以前の私はそんなふうには思えず、「自分の会社をつくりたい」「会社とはこうあるべきだ」と、あたかも、オフィスが象徴する大きなハコが、スタッフ一人ひとりの存在や思いとは関係なく独立して存在していて、そこでスタッフたちが空間を共にしつづけながら仕事をするような場所、それが「会社」のイメージでした。
私は古い会社像を追い求めていたのだと思います。私が起業した2006年は、ちょうど会社法が改正されて、資本金が1円でも起業できるようになりました。それまで株式会社をつくるためには資本金が1000万円必要でしたが、1円からでも起業できるようになったのです。起業のハードルが下がったことで、起業がキャリアの選択肢のひとつとして考えやすくなったのです。
一般に、女性の場合は、最小限のリスクで好きなことを始めるケースが多いようです。私は個人事業主のようなスタイルで起業し、スタッフが一人、二人と増えて、徐々に個人事業主から組織へとシフトさせていきたいと思うようになりました。そんな女性の経営者に対して、女性社長の存在がまだ珍しかった17年前の不動産や建築の業界では、明らかに、相手が女性だからという理由で、威圧的に接してくるような男性もいたりして、つらく悔しい思いをたくさんしました。
そんな状況だったので、余計に「女性だからって馬鹿にされないようにしっかりしなくてはいけない」「会社の組織を強くしなくては!」という思いが強く、同時に、会社というものに対するある種の幻想や思い込みも膨らんでいきました。
「会社組織になるから、経費の使い方もしっかりと考えないといけない」とか、「社長は人格者じゃないといけない」とか、「会社、会社、会社だから……」と自分で自分にプレッシャーを与え続けていたのです。そんなふうに、頭が凝り固まってしまっていた私でも、のちに組織の立て直しを成し遂げることができたのは、「会社」というものの捉え方そのものを、根本から変えることができたからだと思います。
場所でつながらずに理念でつながる
新型コロナウイルスの影響による外出制限で、以前にも増してリモートワークの頻度が増えると、私の中で会社というものの概念が変わっていきました。オフィスの中でスタッフが仕事をしているという形が会社ではなく、同じ志を持つ仲間が集まった“個人の集合体”であると意識するようになりました。とくに私たちは、各自が不動産のプロとして、会社以外の場所でもやりたいこと、やるべきことを個人で実現できているので、なおさらそう思えます。
「会社の役割とは、それぞれがしたいと思っている働き方ができる場所だけど、必ずしもオフィスという空間にしばられることはなく、同じ志と夢をもって進んでいく仲間たちの集合体であればいいんじゃないか」
「心に響く仕事を吟味して取り組める環境がある。理想の働き方を追求しているスタッフ一人ひとりの生き方をみんなで応援できる人間関係。そんな人間関係を共に構築できる仲間って最高!」
「会社の役割」を再定義することで、より自由に自分らしく考える事ができるようになりました。
みんなの理想を叶えられる場所であり続けること。「自分らしく生きる」ということを実現できる会社であること。それが本来目指してきた方向性であることを再確認できた今、スタッフとの信頼のステージを上げる。そして、社内文化の醸成に力を入れることが、とても大切なことだと気づいたのです。
正社員の「安定」とフリーランスの「自由」のいいとこどり
組織に属して給与をもらう正社員をしていると、通勤ラッシュの電車に乗ることもなく、好きな時間に家で仕事をしているフリーランスの人たちがうらやましいと思うことがあります。もちろん、固定給をもらわず、自分の実力だけで継続して〝食べていく〟のは大変なことだろうと想像できますが、いわゆるサラリーマンの正社員と比べて〝自由〟を手にする人生は憧れです。でも、そんなふうにフリーランスがうらやましくなってしまうときは、自分を諭します。「安定と引き換えに自由を手にしているのだから、それは仕方がないことだ」と。“安定”と“自由”と両方を叶えるのはできないことだとわかっているから、そう思い込んでいるから正社員側もフリーランス側もそんな無いものねだりをあきらめ、心の均衡を保っているところもあると思います。
正社員のメリットは、給与が毎月継続してもらえるということ。福利厚生が整っていることも大きなメリットです。私は社長になって初めて気づきましたが、保険料や年金などは、社員が天引きされているのと同額を会社が負担しているのです。毎月の会社負担の支払いに苦しい思いをしたことがある経営者は私だけではないと思います。また、正社員は健康診断が義務付けられているため、会社負担で年に1回は受診できます。そのほかにも、勤務時間の上限は規定されており、最低賃金も保証されるなど、正社員は労働条件の多くを法律で守られています。
また、失敗しても個人がすべて責任をとることはありません。最終的な責任は会社が引き受けます。私たちは不動産の仕事をしているので特に感じるのですが、銀行で住宅ローンを組む時でも正社員は圧倒的に有利です。フリーランスや経営者よりも、毎月の給与が保証されている企業の正社員のほうが、条件よく住宅ローンを借りることができます。年功序列や終身雇用の神話が崩れつつある時代ですが、まだまだ正社員の安定性は根強いものがあります。
ただし、組織で生きるということは理不尽なことも、納得できないことも、ある程度は許容しながら生きていくことが求められます。関わり合う人数が増えれば増えるほど、意見が合う人ばかりではなく、人間関係でストレスを感じることもあると思います。予期せぬ転勤、思い通りにいかない人事異動。安定性と引き換えに諦めなければいけないこともあります。
一方、フリーランスのメリットは、組織に縛られることなく自分の裁量で仕事ができることです。職種などで違いはあると思いますが、決まった時間に起きなくていいし、好きな時間に仕事ができます。やりたくない仕事は引き受けないという選択もできます。自分の頑張り次第で収入の上限もありません。組織の中で誰かの顔色を伺うなどといった対人関係のストレスも少なさそうです。
ただし、自分の名前で仕事をする限り、失敗も自己責任。「いい仕事ができなければ次がない」というシビアな世界でもあります。安定しない収入や病気などで働けなくなったときの不安、自分以外は頼れないというプレッシャー。“一匹狼”なので、一緒に働く仲間がいない寂しさ、孤独もあると思います。
このように一長一短がある正社員とフリーランスですが、私たちの会社は新しい制度をつくって、両方の“いいとこどり”ができるようになりました。いまはメンバーのほとんどが正社員ですが、正社員としての恩恵も受けながら、フリーランスのように場所や時間を自由に選んで、自分の裁量で仕事ができるようになりました。もちろん、自分の裁量で仕事ができるというのは、フリーランス同様、プロとしての仕事ができることが前提なので、目の前の仕事に向き合う姿勢については以前より緊張感はあると思います。それでも、会社に行けば同じ志をもつ仕事仲間がいるのです。もちろん、直接会う機会は減りましたが、オンラインでつながっているので、いつでも情報の共有や相談ができます。
そんな正社員とフリーランスの中間的な働き方を選択できるようになった今、私たちの会社が考えているのは、「目指すべき次のステップってなんだろう?」ということ。
“安定”と“自由”以上に魅力ある「仲間がいる会社」
コロナによってリモートワークが進んだ今、少し前のような「正社員には自由はない」という時代ではなくなりつつあります。組織に属しながら、働き方としては限りなくフリーランスに近いという「いいとこどり」を実現できる正社員がどんどん増えていく可能性があります。私たちは、そんな働き方の先駆者として、次のステップを示していかなくてはいけないと考えています。
それは、「どうしても所属していたいと思える組織をつくること」「仲間がいる!」ということが、かけがえのないことだと思えるような会社をつくっていくこと。
我が社のスタッフのなかには、実力的にはフリーランスとして独立して十分活躍できるメンバーも少なくありません。実際に、彼らの担当した仕事が掲載された雑誌を見たお客様から、名指しでご指名いただくことも増えています。それでも独立しないのは、収入の心配をせずに好きな仕事に取り組める安心感があるから、だけでしょうか? それだけでなく、会社の理念やプロジェクトに魅力を感じ、そんな志を共にする「仲間がいるから」所属し続けたいと誰もが思える会社にしていくことが、私が今取り組み続けている大事な仕事のひとつになっています。
それは、試行錯誤しながら17年前にビジネスを立ち上げたときの“産みの苦しみ”にちょっと似ています。「内装ボロボロの物件を積極的に紹介して、リノベーションする」というワンストップモデルが当時はなかったこともあり、自分たちは開拓者でした。ゴールは自分たちの中にしかなく、何が正しいのか誰にもわからず、間違った方向に突き進んでいるのかもしれないと不安になることも…。突き動かしているのは、ワクワク感と信念だけ!いま新しい会社の在り方を模索している感覚は、あの頃にも似た手探り感があります。
もうちょっと時間が経ったときに、そうあと何年後かに、「私たちが必要としていた、本当に求めていた暮らしや働き方って、やっぱりこれだったよね!」と言える日がくるように、そしていつか、私たちの働き方が世間のスタンダードになる日がくるように、働くということの心地よさをこれからも追求していきたいと思います。
そして、自分らしい働き方・暮らし方を追求する人たちの住まいづくりや働く場所づくりをサポートに、真摯に向き合う会社であり続けたいと思います。