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【社員インタビュー】制作物もマネージャーの役割も、期待に報いたい。不安と自信をあわせ持つデザイナーの心の中

Webクリエイティブチームに所属する𠮷川 優希。デザイナーとして、ポジティブドリームパーソンズ(以下、PDP)で事業のロゴやパンフレットなどの作成に携わっている。2023年2月現在はユニットマネージャー(以下、UM)としての責務も担う𠮷川が、これまでの軌跡とデザインへの意気込みを語る。

依頼主の叶えたいことをカタチにしていく。それが、デザイナーの仕事

日々、現場で目にする会場のロゴ。お客様へのご案内に用いるパンフレット。そうした会場で用いられる制作物などをつくりあげているのが、PDPのWebクリエイティブチームだ。𠮷川も入社以来デザイナーとして、このチームに所属し、さまざまな制作物を手がけてきた。

𠮷川 「各事業で使用する紙のツールなどの作成や、使用する写真の撮影ディレクションをメインに、新規事業立ち上げ時のロゴなどのデザインを進めていくのが、私の仕事です。イベントの企画に参加することもあります。撮影では、現場に赴きます。4年かけて28ほどあるPDPの全店舗に足を運びましたね」

2022年12月からはUMに昇格し、チーム全体のマネジメントも行う𠮷川。デザイナーとしては、依頼主の叶えたいことをカタチにしていくことはもちろん、相手の期待を超えていくことを大切にしている。

𠮷川 「受け取り手が嬉しくなる、テンションが上がるものをお渡ししたいなと思っていますし、理想は、私のデザインしたものを使って接客に臨むスタッフが『これを持っていれば大丈夫』と思える、武器になるものを作ることでしょうか。

その先で、集客がうまくいくなど、自分が作ったものに対して結果が結びついてくると、さらに嬉しさを感じます。結果につながった一端にしか過ぎないとは思いますが、そのお手伝いができたことが嬉しいんです」

今でこそデザイナーとしてPDPのイメージ戦略に貢献する𠮷川だが、実は大学に入学したときの将来像は、キャビンアテンダントだった。

しかし入学後、自分が接客に向いていないことに気づく。そんな折、友人を介して知り合った前職の代表のひと言がきっかけとなり、デザイナーとしてのキャリアが始まることになる。

𠮷川 「自分が書き込みやすいようにパソコンでフォーマットを作って使っていたノートがあったんです。そのノートを見て、社長が『デザインの仕事に向いているんじゃないか』と。その言葉を信じて、独学でデザインを学びはじめました。最終的に大学は中退し、お手伝いをする中で社員登用され、8年ほど勤めました」

そして1年ほどのフリーランス期間を経て、PDPと出会うことになる。

不安だったマネージャーのポジション。その気持ちを支えた上司の存在

𠮷川がPDPに入社した決め手は、「ARMの体現」という企業理念への共感だった。

𠮷川 「私は仕事とプライベートをきっちりと分けるのではなく、仕事の相手とは遊びにも行きたいし、自己研鑽も一緒に積みたいと思っていたので、メンバーは『家族』であり『仲間』であるという理念は私の考え方にぴったりでした」

こうして2019年からデザイナーとして働き始めた𠮷川。最初に転機が訪れたのは、キャリアのステージが上がったタイミングで実施した面談だった。入社後から一貫してスペシャリストを希望していた𠮷川に、上司が「マネジャーを目指さないか?」と声を掛けた。

𠮷川 「そのときは即座に『できないです』と、伝えましたね。私にはできないことが多すぎて、マネジメントというポジションは務まらないと考えていたんです。人前に立って話すことも、仲間を先導し引っ張っていくことも苦手。むしろ私は、引っ張ってくれる人の後ろでサポートする方が向いていると思っていました。

そんな私に、上司は、弁が立つ人だけではなく背中で見せるようなリーダーもいること、マネージャーの経験はビジネスパーソンとしての市場価値を高め、人生経験としても良いものであることなど、さまざまなことを教えてくれました。

そして何より、『できないこともあるのは知っているよ』と、私を受け止めた上で、『でも𠮷川さんしかできないこともある』と、背中を押してくれたんです」

𠮷川にしかできないこと──とくにクリエイティブの専門性が高いことは、𠮷川にとっての強みだった。デザイナーとしての制作物を上司に相談し意見を尋ねるものの、自分自身に腹落ちさせられなければ、自分の信念を貫き通す一面を𠮷川は持っている。

心配性な一方で、自らの仕事領域で見せる自信の高さ。それが、デザイナーとしてのバックグラウンドを持たない上司の目には、クリエイティブの目線からPDPを良くしていく上で大切な素質として映ったのだ。

𠮷川 「経験がないものには不安を感じる性格ですが、デザインは別です。私の専門とする領域だからこそ、自信はもちろん、責任を持って仕事に当たっています。また、心配性のため『大丈夫』と自分で確信するまでは動けないタイプですが、一度『大丈夫』と思えれば、自信を持てるタイプでもあります。

実はこのときも、そもそもマネージャーへの道を目指すかどうかの段階で半年以上悩みましたし、その過程は不安だったと思います。でも、上司はずっと私の相談を聞き、親身に寄り添ってくれました。その上司との時間のおかげで、不安が少しずつ自信に変わっていきました」

そもそもこの人には任せられない、と思われていたらこの話はこない。私の可能性を信じてくれるのなら、その期待に応えたい──。これが、𠮷川がUMを目指した始まりだった。

念願の高宮庭園茶寮の立ち上げに加わり、開業時のロゴもデザイン

UMに上がるためには、評価会議で全ゼネラルマネージャーからの承認が必要となる。そのハードルを超える大きな要素になったのが、福岡での高宮庭園茶寮の立ち上げプロジェクトだ。

𠮷川 「開業自体は私が入社したころに決定していました。新人研修のときに創業者の杉元と話す場があって、私が福岡出身だと伝えたら、『高宮にこんなプロジェクトがあるんだ』と教えてくれたのです。高宮は私の地元ですから、実は入社当時から、絶対に関わりたいと考えていました」

その想いが通じ、開業の一年ほど前からデザインに関わることになった。そして、ロゴ制作をはじめとする各種ツールのデザインから写真撮影のディレクションまでを担当することになる。

𠮷川 「開業のときは、すべてがゼロからのスタート。制作するアイテム数が多い点が一番大変でした。加えて、手本とするベースもなく、方向性も定まっていません。複数案を制作しながら、依頼主にもイメージの方向性を確認するのは、立ち上げならではの苦労だったと思います」

漠然としたイメージをカタチに落とし込むために、土地のことを調べたり、建物の歴史を調べたり。𠮷川は地道な情報取集を重ねた。情報を集めてからも「和か洋か」という大きなテイストさえも決まっていない状態から複数案を出し、会議で揉んでデザインを絞っていくという作業を何度も繰り返した。

そして、複数案から選ばれたものを自分の中に腹落ちさせていくことで、何が望まれているかをくみ取っていった。

𠮷川 「立ち上げに関わるのは高宮が初めてだったこともあり、正直なところ、終わった後に感じたのは、手応えよりむしろ『もっとこうできたかもしれない』という反省でした。

開業のときは、誰もがゼロからイチを生み出すため、一人ひとりが完成像を完璧に理解し、イメージできるわけではないんです。むしろ、開業して理解度が深まるにつれて、反省が出てきます」

それから、その反省を活かし𠮷川がつくり上げたのが、長良川清流ホテルのリブランドオープンの際に手掛けたデザインだ。ロゴのデザインでは複数案を出した中でも、自分が一番推していたものが採用され、心の中でガッツポーズをしたと振り返る。

𠮷川 「高宮庭園茶寮のときも、長良川清流ホテルのときも、依頼主が創業者の杉元でした。だからこそ、依頼主に求められているテイストもつかめて、相手が好むもの、求めているものを提案できたのだと思います。

数回、同じ方と仕事をすると、その方の好みが掴めるようになります。そうした好みを知り、相手に求められるデザインを提出できたことは、今振り返っても良かったなと感じるポイントです」

チームの拡大を念頭に、専門性を高めながらマネージャーとして歩みたい

高宮庭園茶寮の立ち上げなどの成果が全ゼネラルマネージャーに認められ、2022年12月に𠮷川はUMに昇格した。

𠮷川 「昇格を目指してから、実際に昇格するまでの間も、上司以外の人からはどう思われているのだろうと、不安でした。しかし、だからこそ承認がもらえたときは、『頑張ろう』という気持ちにもなりましたね。

今までは自分自身の仕事に比重が大きかった一方、今はチームを見て、仕事の割り振りなども考えなければいけません。また、私たちの部門では、個人で仕事をする場合もあるものの、チームでの仕事もあります。

その点では、チーム内での発言のしやすい空気づくりや、チームで答えを導き出すという考え方が求められます。視野を広く持ち、余裕のある動きをしていくことを今の自分の課題と捉えて、実践しているところです」

さらに𠮷川は、2023年の新入社員のメンターとして、学生の育成にも取り組んでいる。

𠮷川 「私は新卒での就職活動経験がなく、新社会人としての基礎研修を受けたこともありません。採用の過程も、『きっと大変だったのだろう』という想像しかできない私が、新卒採用で入社する学生さんに寄り添えるのかという不安はありました。

それでも、私が上司からできていることを伝えてもらっていたように、私も学生に対して『これができているよ』と声を掛けることを心がけています。自信をつけてもらって、安心して入社の日を迎えられるように力になりたい、という想いで接しています」

実際に新入社員からは「話しやすいです」、「今は不安がありません」などの声を聞くこともあると語る𠮷川。これからの展望としてはWebクリエイティブチームの拡大を思い描いている。

𠮷川 「現在は少数精鋭のメンバーが、デザインから撮影や企画までをすべて手掛けているため、マルチな能力が養えるものの、専門性を深めるのは難しい状況です。

しかし、最近では、学びたくて私たちの部門を志望する人が少なくありません。もっとメンバーの専門性を高めて、後輩の育成に当たれるような組織として、規模を大きくしていきたいですね。そうすることで、制作のスピードもクオリティも上がるはず。そのためにまず、結果を出していくのが当面の目標です」

𠮷川がずっと大事にしているのは、自らの気持ちを正直に相手に伝えること。言ってだめならしょうがないと思える、という考えが、その背景にはある。

マネジャーを目指すときも、仕事のなかでも、上司に不安を伝えながら、支えられてきた𠮷川。今後は自身がそんな不安を支えられる存在でいられるように──UMとしての新たな挑戦は続いていく。

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