ポーターズの執行役員であり、マーケティング部門のマネージャーを務める楠原史子。社会人1年目から20年以上、マーケティングに取り組んできた彼女は、2014年ポーターズに転職。いまや同社に欠かせない存在である彼女が、なぜ転職の道を選んだのか?ポーターズでの彼女の成長と働くやりがいとともにお伝えします。
真面目と不真面目を経験し社会人へ
もっと経営に近いポジションでマーケティングに携わりたい。楠原は、社員数千人規模のグローバルIT企業を離れ、2度目の転職に踏み出した理由をそう振り返ります。
転職先に選んだのは、人材ビジネス向けのマッチングシステムをクラウドで提供するポーターズ。楠原にとってまったく未知だった人材業界、しかもベンチャーに近い30名規模の会社への転職です。
楠原は「チャレンジングな選択だった」と、当時のことを語ります。それでも転職を決意した背景には、どんな過去があったのでしょうか。彼女の学生時代にさかのぼります。
両親がともに教師をしていた楠原。小学校のころはガリ勉で、毎年学級委員長を務めるなど、絵に描いたような優等生でした。けれどその反動か、好奇心か、中学校に入るといわゆる「不良」に憧れて、服装や行動が乱れます。しかし、その時期があったからこそ自分が大きく変われたのかもしれないと言います。
楠原「ステレオタイプの優等生で、どこか窮屈さを感じていたのだと思います。自分の性格特性として『情熱派』という結果が出てますし、Strength Finderでは『コミュニケーション』とか、『調和性』が上位なのですが、もともと大人しかった自分が不良グループに交ざって、その辺が開花したというか……(笑)本気で人と関われるようになったのかもしれません」
中学3年になると再び真面目に勉強をするようになり、進学校へ進みます。そして大学卒業後、基幹系などの業務システムの開発・販売を行なう中堅ソフトウエアカンパニーへ就職。
営業職として入社したものの、マーケティング部に異動し、BtoB向けのSFA(営業管理システム)、CRM(顧客管理システム)やITを活用したマーケティングの基礎を学びます。約10年間働き、マーケターとしてステップアップしたいと、グローバルIT企業に転職します。
何をしたいかではなく、大事なのは“どうなりたいか”
担当したのは、開発者や学生向けのマーケティング施策。目指すゴールに対して何をすることでどのような結果が出るか、仮説を立て、企画に落とし込んでいきます。充実感を伴う仕事もあれば、そうでない仕事もありました。
より深掘りしたい仕事が十分にできなかったり、毎年やるべきゴールが変わったり。状況の変化に対応する力が身につきました。しかし彼女は、将来のキャリアについて考えるようになります。
楠原「尊敬するコーチングの先生から、『何になりたいかではなく、どうありたいか(To Be)を持っているといいですよ』と。確かに、目標がないと成長もありません。
では『どうなりたいか』と考えたとき、50歳くらいには、田舎暮らしで野菜育てたり、山に登ったり、ゴルフしたりしながら、マーケティングの仕事ができたらいいなと思ったんです。
そうなると狭い範囲のマーケではなくて、もっと経営に近いポジションでマーケティングに携わりたい、マーケティングで経営を変えたい、と思うようになったんです」
現在の環境では、一部の領域に特化したスキルは身に付くけれど、自社でしか通用しないマーケターにしかなれない。そうではなく、経営層に近い立場で、経営計画や戦略・ビジョンをもとに、マーケティングのあらゆる領域に携わりたい。そして、どこに行っても活躍できる、市場価値のあるマーケターになりたい、というのが楠原の思いでした。
そして、2014年12月に入社したのがポーターズだったのです。当時、人材業界のことはまったく知りません。社長の西森からポーターズの主力製品「PORTERS HR-ビジネスクラウド(HRBC)」の説明をされ、ニッチマーケットとはいえ、高いシェアがあったので、良い製品なのだろうとは何となく感じましたが、そもそも業界の内情がわからないので深くは理解できませんでした。
楠原「それでも、ポーターズのグローバル展開や、国内の事業拡大の中で、これまでの経験が役に立つと確信できましたし、西森の誠意と、悪いこともオープンに話してくれる方という印象を強く感じました。そして、ポーターズはマーケティングに力を入れていこうとしている時期で、確立させてほしいと。私がしたいと考えていたことを、この社長のもとでできるならば、と思って転職を決めました」
したいことがあれば「やってみろ」――自身を大きく成長させた環境があった
入社後、楠原はいきなり現実を突きつけられます。
当時のポーターズは、一人ひとりがスペシャリスト。それぞれ自由に自分の業務を行なっている状況でした。会社が30名規模だったため、そのやり方で売り上げもオペレーションも問題ありませんでしたが、会社として規模を拡大し、次のステージへ進むために、仕組化・体系化は絶対に必要だったのです。
楠原「顧客がいて、弊社があって、働く社員がいて。みんながハッピーになるような形を、どうやってマーケティングで実現していくか、どう体系化していくかが私の課題でした」
まず取り組んだのは、会社のブランディング。取締役の渡邊智美がシンガポールで営業をはじめていたので、それまで渡邊が行なっていたブランディングが手薄な状況だったといいます。WEBサイトの改善や、人材会社向けのセミナーやイベントの開催、顧客向けの感謝祭の企画・運営、業界誌「ポーターズマガジン」の編集など。
2016年にはマネージャーに就任し、同年からはリード獲得も行なうようになります。それまでリード獲得は、営業の部門内で行なっていましたが、予算も下り正式に任されるようになったのです。
翌年からは正式にマーケティング部署が立ち上がり、既存顧客の対応など業務領域も広がっていきます。
社長である西森の社員に裁量を与えて任せるスタイルと、スピード感や決断力によって、楠原は着実にマーケティングの役割や業務の基礎を築いていきました。
楠原「これだけの予算を使ってこういうことをし、こういう結果を導き出したい。そうプランを出すと、西森は基本的に『やってみろ』と言ってくれるんです。私がプランしたBtoBのデジタルマーケティングに、ほぼチャレンジさせてもらいました。社内も協力的ですし、スピード感をもって施策を回せるので、自分のやりがいにもなっていますね」
2017年には、大きなリード獲得に成功。広告の出稿やSEO対策、WEBサイトの改善、メッセージの見直しなど、あらゆる手法を実施しました。予算も相当な金額でしたが、それが結果につながり、マーケティングでの体系化に自信が持てるようになったと楠原は振り返ります。f
楠原「マーケティングの世界にはメソッドはありますが、自社にとっての正解がありません。PDCAを回すことであたりとはずれが見えてきます。このときは、正しい活動が正しい結果につながったんだと実感できました」
社内だけでなく、対外的に評価されるマーケターを目指せる
2018年1月に、楠原は執行役員に抜てきされます。マーケティングだけでなく、ほかの部署とも横断的に連携し、会社全体の方針や戦略にも関われるようになったのです。
楠原の「こうなりたい」という思いと行動、それを受け止めてくれた西森や社員たちの存在が、彼女の念願を叶えたのでした。
同時に楠原は、ポーターズで“対外的な評価”を得るマーケターを育てたいとも話します。
楠原「マーケターは『新しいトレンドを理解しているか』『どんなことに取り組み、どんな結果を出したか?』『どんなツールを使えるか?』など、対外的な価値基準にさらされがちです。それが自分のスキルになりますし、新しい手法やツールを持ち込んで、社内でできることも増えていきます。結果的に、自社でしか通用しないマーケターではなく、対外的にも評価される存在になれるのです」
今後、取り組んでいきたいのは、海外マーケットです。現在アジア各エリアでマーケティングを開始しています。各エリアごとにニーズが違うのですが、オンラインでどこまでユーザーの行動やコンタクト履歴を分析し、最適なタイミングで、最適なメッセージや提案を行なっていくことが出来るか、そういった仕組みづくりに注力していくと楠原は話します。
楠原「ポーターズのビジネスは、企業や求職者の成功や人生に直接かかわっていくもの。アジアでは労働人口は増えていますし、日本も海外も働き方の多様化に伴う人材の流動化が進み、そこでのマッチングを高い精度で支援することで、企業も求職者も、ポーターズも、そして私もハッピーになります。そういう意味で、世界に対して広がりを感じられる環境です。」
その様な環境でよりミスマッチの無い労働環境の支援に携わりたいと思う人。そんな人とともに今後のポーターズを一緒に創っていきたい、と彼女は考えています。
マーケターとしては、目指すゴールはまだまだ先だという楠原。そこへ一緒に進みたいというマーケターとの出会いを心待ちにしています。