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「人生最高の瞬間を更新したい。」年収1,000万を捨ててベンチャーに飛び込んだ彼の理由

はじめまして。森 大和と申します。

慶應義塾大学を卒業後、日系大手メーカーでセールスとしてキャリアをスタートし、社会人2年目、2019年の秋からワンキャリアにジョインしました。

「慶應×体育会→日系大手→人材ベンチャー」という経歴に関心を寄せていただくことも多いため、自分がなぜこのようなキャリアを選択したかについて書くことができればと思っています。

本ブログは以下のような方を想定の読者としています。

  • 所謂世間体のいい企業にいるが、 今の会社に勤める5〜10年後の自分を想像できない方
  • ベンチャーに興味はあるが、なかなか踏み出すことは難しいと感じる方

あまり自己開示をするのが得意ではないのですが、キャリアに悩む方の何か少しでも気づきに繋がればと思って綴っておりますので、よろしければお付き合いください。

私はどんな人間か? 「早慶戦」の思い出

人生で最高の期間は、体育会で過ごした大学での4年間でした。

その中でも特に最高の瞬間は「早慶戦」で歓声や応援を浴びながら戦った瞬間でした。

引退試合では、自分の人生のピークはここで終わってしまうから死んでもいいと思いながら戦いました。

* 早慶戦での1枚。試合3日前にぎっくり腰になり前日まで起き上がることもできませんでしたが、大量の痛み止めとガチガチに巻いたコルセットで挑みました。


「人生最高の瞬間を更新したい。」

社会人になった今の自分の原動力は、そして大手を辞めてベンチャーに飛び込んだ理由は、ここにあります。

就活時代:年収ランキング上位の会社だけを受けた

大学3年の冬ぐらいのことです。

いつものように練習後ストレッチをしながらビデオ分析をしていると、部室に突如OBが現れ、「そろそろ、就活だな!どこの企業行きたい?」と聞かれました。

就活なんて全く意識してなかった当時の自分は答えに詰まったのを記憶していますが、そんな形でいきなり僕の就活が始まりました。

「自己分析が大事。」「SPIの勉強はしておけ。」断片的なアドバイスのみもらっていた自分は、就職活動という物の構造が何もわからないし、非常に孤独感や漠然とした不安を感じたのを覚えています。

一つ上の先輩が引退し、自分たちが最上級生としてチームを引っ張る存在になって直後のことだったので、僕は就活のことなんて放っておいて、部活に集中したいなと強く思っていました。

そして、(今ではすごく後悔をしていますが、)ほとんど無思考でなんとなく就活を進めていきます。

当時自分に必死に言い聞かせていた言い訳は以下でした。

  • そもそも別に働きたいと思っているわけじゃない。大学4年生になったら現れる強制イベントに参加させられているだけ。
  • 自己分析なんて無駄。働いたこともない過去の自分の人生から、「働く将来の自分」への着想なんて得られない。

最初はホテルマンか、空港のスタッフになりたいと考えていました。

人と喋ったり、笑わせることが好きだったので、どうせ働くなら人が幸せを感じている瞬間に立ち会うものがいいなとなんとなく思ったからです。でも、すぐに諦めることになりました。

自分が親に提供してもらった教育や生活水準を、その想定される収入では満たせないことがわかったからです。自分が我慢する分にはいいけれど、将来の妻や子供に我慢を強いる人生は、家族を大事にしたい自分にとってとても耐えられないだろうなと思いました。

(なんとなくではあっても)やりたい仕事を見つけたのに、その選択肢をとることができない。

どうせやりたくもないことをやるのであれば、給料が高い方がいいだろう。

半ばヤケクソになって、僕はネットで調べた年収ランキングの上位の会社だけを受けていきました。

最終的には前職のメーカーに入社することになりますが、上記をそのまま伝えても内定を出した人事の方の懐の深さに、今でも感謝をしております。

社会人1年目時代:営業のいろはを1から学んだ日々

ここまで読み進めてくださった方はお分かりかと思いますが、僕は働くことにほとんどモチベーションもなく、社会的なレールに沿って卒業、就職をしました。

部活を引退以降、社会人になるのが嫌で仕方がなく、現実逃避をするように卒業まで海外を転々としておりましたが、社会人1年目は予想を裏切り非常に楽しい1年になりました。

「日系大手は下積みが長い」なんて言われることもありますが、全くそんなことはなかった。

日本一の営業会社と言われることも多い前職では、周りの先輩や組織文化などから学ぶことは非常に多く、営業のいろはを1から学びました。


入社直後から信じられないほどの裁量を渡されていたため、毎日エキサイティングな日々を過ごすことができ、新卒で入社したのは正解だったなと今でも思っています。

また当時は福島県に赴任をしていましたが、学生時代とは比較にならないお金の自由度があったので、週末は会社の同期や当時の彼女に会うべく、年間45週は東京に帰ってきて遊び呆けていました。

平日は朝から晩までガンガン働き、金曜の終電で東京に戻って日曜の終電で福島に帰る、平日も休日も隙間なく埋まった自分のスケジュールを見て、満足感を得ておりました。

* 前職の同期とは非常に仲が良く、今でもよく遊んでおります。

苦悩の社会人2年目:情けない大人になっていた

work hard, play hard な1年目は光速で過ぎていきましたが、2年目に差し掛かると仕事にも慣れ、生活に余裕が出てくるようになりました。

そんな時、自分の担当企業が大型の投資を行うことを発表し、突然の電話で多額の発注が入り僕は月の初日に大幅達成をするという出来事がありました。

周囲からは「ツイていたな」「達成おめでとう」と声をかけられましたが、僕は自分の努力の積算よりも担当地域の景気の方が圧倒的に大きな変数を持つことに

半ば絶望し、日々努力するモチベーションを保つのが難しくなってしまいました。

企業としては素晴らしいことですが、僕の担当商品はシェアをほぼ取り切っている状況で、企業が投資を行えば、すなわち自分の商品が売れることと同義でした。

努力によってほんの少しでもその数字を伸ばしてやろう、そのような気持ちにはどうしてもなれなかったのです。

そして、その頃から自分の生活に空虚さや違和感を感じるようになりました。

学生の時は毎日が楽しくて日々活き活きとしていたのに、週末を楽しみにして平日を過ごす典型的な情けない大人になっている自分に気づいてしまったのです。

業務でできないことが少なくなって日々の仕事で成長実感をする機会も減り、仕事がこなし作業に変わりつつありました。

周りの先輩社員を見て、自分の行う仕事がおそらく20年後もほとんど変わらないであろうことを確信し、続けるのは無理ではないけれど、10年後に同じ会社で働く自分を到底想像できませんでした。

決意の瞬間」:よくわからないけれど涙がこぼれた

「仕事がつまらない。会社を辞めたい。」

自分の中の違和感が確信に変わってからは、非常に悩みました。

仕事を楽しめていない、毎日が楽しくないことは明確でしたが、2年目で僕の年収は4桁に到達しており、周囲と比較して相対的に恵まれていることもまた事実だったからです。

元々、将来の家族に不自由させずに済むように、と待遇で選んだ会社でしたのでお金の面では我慢して留まることが最適解であるようにも思えました。

「とりあえず3年目終わりまでは頑張って、その後転職しようかな。」

そんな風に意思決定を先延ばしにし、辞めたいという気持ちに蓋をして過ごすようになりました。

モヤモヤを抱えながら過ごしていた時、たしか2年目の夏ごろだと思います。

部活の同期と会った際に学生時代の思い出話に花が咲き、お酒で酔っていたこともあったのでしょう。

話していると、よくわからないけれど涙がこぼれました。

控えめに言っても最高だった学生生活と対照的に、日々愚痴だけは吐いて現状に甘んじている自分があまりにも情けなく感じたからだと思います。

このまま自分に嘘をついていても、きっと幸せになれないだろうなと思い、やっとその時辞めることを決意しました。

転職活動の話:「もし次の会社でもダメなら、さっぱり諦めよう」

新卒就活でもロクに考えて行動しなかった自分ですが、仕事を楽しめていない状況を見つめ直し、原因を自分なりに考えました。

自分は担当商材であった精密機械に全く関心を持てず、より成果を出せるように努力したいとは思えなかったこと、また自分にとってとてつもなく高く感じる目標も、全社売上レベルだと0.01%にも満たない状況では、本気で追いかけようとアツくなれなかったことにその原因を見出しました。

そして、行き着いた次の企業選びの軸は2つでした。

  • 興味のある業界であれば仕事が楽しめるのでは無いか
  • 会社規模が小さければオーナーシップを持って部活みたいに打ち込めるのではないか

部活は大好きなことを有志で集まってやっている団体なので、楽しいのは当たり前。

でも、自分が興味を持てる分野であれば、そして主体的に取り組めるのであれば、仕事だって楽しめるんじゃないか、半分願望にも近い思いで転職活動を行いました。

「もし次の会社でも人生に輝きを取り戻せなかったら、さっぱり諦めよう。

とりあえず30歳まではワーホリに行って、それ以降のことは海外でのんびり考えよう。」

まだ23歳でしたが、自分はこんなにも早くリタイアするなんて、なんと社会不適合者なのだろうと思いながら過ごしてましたので、ここまで思い詰めてしまっていました。

なぜワンキャリアへ? 「学生時代の方が楽しかった」を変えたい

先の軸を理由に、僕は人材業界×ベンチャーで企業を探しはじめました。

人材業界に興味を持った理由は、学生時代の友人たちと会うとほぼ全員が僕と同様に「学生時代の方が楽しかった。仕事はつまらんし、まじで辞めたい」という話をしていたからです。

彼(彼女)らはものすごく魅力的な人たちなのに、今までたくさんの努力を重ねた人たちなのに、社会人になって何故こうも皆が過去にとらわれてしまっているのか。

みんながこんな悩みを感じなくて済む世界ができたらいいのに、と本気で思いました。

人材業界で働いたとしても、構造を変えることはできないかもしれないけど、自分が興味を持って働くことはできそうだなと素直に感じました。

ちなみに、その中でもワンキャリアを選んだ理由は、弊社取締役の北野唯我です。

学生時代、就職活動を終えてから入社するまでの期間に彼のWEBブログと出会い、キャリアについて初めて真面目に考えるきっかけとなりました。

彼の文章は、「なんとなくわかる(わかっていた)けどはっきりしないもの」を言語化するような内容が多く、触れるたびに自分に新しい視点が追加されたような気分になるところが好きでした。

(その後、彼のイベントにも参加したりと、ただのファンです。笑)

小さい会社で働くことのメリットは一緒に働く人を選べることだと思った私は、北野の存在に釣られてワンキャリアにジョインします。

ここでなら、働きながら自分の思考をよりアップデートできるのではないかと信じたからです。

当時の不安:ベンチャー転職への心配

最近「ベンチャーにいきたいけど、不安。」という相談をいただくことも増えてきました。

特に大手にいると、スーツにつけている社章でいい思いをしていたり、収入も比較的高かったりと

メリットも多いのできっと悩むだろうなと思います。

自分の場合もご多分に漏れず、不安でした。

当時を振り返ると、不安の中身は主に3つだったかなと思います。

1, 所謂綺麗なレジュメではなくなる不安

  • 大手企業勤務という錯覚資産を失った後も、自分は転職マーケットで戦えるのか?
  • 早期退職が吉とされない中で、さらに次のキャリアは閉ざされてしまうのではないか?

2, 社員レベルに対する不安

  • 小さい会社で社員のクオリティも低かったら、できることは限られてしまうのではないか?

3, 金銭面での不安

  • 収入を下げるのは一時的には問題ないが、また同水準まで戻すことは可能なのか?
  • もし戻せなければ、家族に自分の収入を原因で迷惑をかけてしまうかもしれない…

ちなみに、ワンキャリアのオファーを承諾した段階でもこれらの不安は解消できておりませんでしたが、金銭面での不安に対してだけは考えをクリアにしていました。

「このまま今の会社で働き続けても、お金で迷惑をかけなくても他で絶対にしわ寄せが来てしまう。誰かのために自分が我慢をする、という考えは健全じゃない。自分の幸せを諦めた人間に、人を幸せにすることはできない。」

こうして、一番重要だと思っていたポイントに踏ん切りをつけて僕は大手を飛び出しました。

転職して、どうなの?

上に挙げた3つの不安が、今時点で全て解消されているかというと正直そんなことはないです。

今後のキャリアについての不安は、これからもきっと消えないと思っています。

でもだからこそ今を頑張ろうと思えるし、きっとそれで良いのだろうなと考える自分もいます。

ただ、前職を辞めてワンキャリアにジョインしたことについて、後悔したことは一度もありません。

入社以降、月曜が憂鬱な日曜を過ごしたことはまだありませんし、できることが増えていくにつれ、新たなチャレンジを課していただいてるので、マズローでいうところの自己実現の欲求が満たされているからだと思います。

また、自分の存在価値という意味でも、会社の年間売上目標の10%以上を僕一人で担っており、良い緊張感、責任を感じながら日々取り組むことができています。

悩んだ末でしたが、自分にとって最良の選択を取れたと、過去の自分を褒めたいです。

一応、このブログはワンキャリアを知ってもらうための記事なのでお伝えしておくと、少なくとも社員のレベルという面でガッカリさせることはないと思います。

実は転職したての時、不遜な言い方ですが大きな会社からやってきたということもあって僕は自分がイケてる営業マンだと勘違いをしておりました。(大した実績もなかったのに、です。)

セールスとしての能力では負けないだろう、と自信たっぷりに入社するも、すぐに周囲の社員とのビジネススキルの差に絶望したのを覚えております。

まともにメール文章すら作れないことに気付かされ、WEB上の綺麗な文章をひたすら写経することからスタートしたぐらいでした。

(入社4日目で憧れだった北野とのミーティングに参加するも、彼が何を言っているのか1割も理解ができず、非常に悔しい思いをしたことも忘れられません。笑)

ワンキャリアは経営陣をはじめ外資や日系リーディングカンパニーの出身者が多く、社員のスキルセットはそこに基準を置いて標準化を図っています。

ベンチャーで規模が小さいながらも、国内の名だたる企業とお取り組みをする上で、少しでもご不信感を抱かせずに済むよう、社員をしっかり育てる文化が出来上がったのだろうなと思います。

そしてもちろん、実践の場も多いです。事業に対して人は常に足りない状況ですので、やりたい仕事を取るチャンスは十分すぎるほどにあります。

かくいう私も入社2日目にいきなり、誰もが知る企業群を担当することになり、悩みながらも無我夢中で走ってきました。

(社長と上司に笑いながらアサインを言い渡され、これがベンチャーか、、、と感じたことを記憶しています。笑)

少なくとも僕は、ビジネスマンとして、前職時代よりも確実に成長していると実感しています。

この成長曲線を緩やかにしないよう、これからもチャレンジをしていきたいと思います。

正直に言って、前の会社にいたようなスーパーなセールスパーソンはまだワンキャリアにいません。

でも、自らの研鑽を怠らず真摯に仕事に取り組む仲間と、高みを目指して一緒に事業を大きくしていく時間は、まるで部活のように楽しいです。

最後に:悩んだ末にとった行動

長々と書いてしまいましたが、この文章がキャリアで悩む方にとって新しいアクションの契機になれたら幸いです。

今いる場所で頑張ることも、フィールドを変えて頑張ることも、きっとそれぞれ正解だと思います。

でも、最後に一つだけ僕からお伝えできるとすれば、もし環境を変えたほうが良いと自分で感じるのなら、不安を飲んで、挑戦することをおすすめします。

悩んだ末にとった行動は、覚悟を持って選んだ道は、きっと自分を裏切りません。

現状に満足できないのであれば、満足できるように頑張ればいいだけです。

答えはいつもシンプルだと、最近強く感じます。

自分の人生を楽しむことをまだ諦めていない、もっと人生をカラフルにしたい、と思っている方はぜひワンキャリアに話を聞きにきてください。僕はあなたと是非一緒に働きたいです。


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