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リファラル採用のマーケットを創るーーMyReferの成長軌跡【創業インタビュー中編】

MyReferの“Game-Change”を伝える公式ブログ、最初は創業インタビューを3回に分けてお届けします。前編では、起業を志したきっかけや「リファラル採用」の概念を生み出した背景をお伺いしました。今回中編では、MyReferサービスを成長させてきた軌跡を聞いていきます。長文ですが、ぜひ最後までお楽しみください。

※このストーリーはMyReferのコーポレートブログ(https://note.com/myrefer)で公開した記事を転載したものです。 ※写真撮影時のみマスクを外しています。

サービスをインフラに成長させるため、インテリジェンスの中でMyReferを創業


――中編は、MyReferの創業からの軌跡を聞いていきたいと思います。まず、インテリジェンスのコーポレートベンチャーとしてスタートしたきっかけを教えていただけますか?

もともとコーポレートベンチャーとしてスタートすると決めていた訳ではなく、自分自身その前に2回ほどスタートアップとして起業することも考えていました。1回目は1年目の新人賞を取ったあとです。すでにビジネスモデルは固まっていましたが、起業の前に強い組織を創るマネジメント経験がつめればよりベストかなと思っていて、「マネジメントやらせてもらえるなら残ります」と言って残ったんですね。

その中でも、すでに自律自走したチームではなく、まだ未成熟で業績を作ることが難しいチームのマネジメントをさせてほしいと直訴しました。当時くすぶっていたメンバーが集まって“下剋上チーム”と名付けて、いろいろな壁にぶちあたりながらも「再現性をもって売れるようなチームを作る」というマネジメント経験を積ませていただきました。

2回目はコーポレートベンチャー制度(旧チャレンジファンド)にエントリーする前です。マネジメントや企画、マーケティングもある程度できるようになったので、時期としてちょうど良かったんですよ。当時2014年はスタートアップバブルだったので、VCをまわって資金調達に動いていて、ある程度僕自身の実績やアイデアで投資家からいい評価をいただいていました。

ただ、目的志向に立つと自分が一番やりたいことは「インフラを創ること」。そう考えたときに、このままリファラル採用の事業を立ち上げても、スモールビジネスになってしまう予感が少しあったんです。インテリジェンスで採用コンサルをしながら、お客様から自社採用力を強化する文脈で「リファラル採用」に関してフィードバックやアンケートを取っていたんですよね。そのなかで、社員の人脈を活用したリファラル採用は、採用市場において一定ニーズがあるけれども、目新しい概念なのでプロダクトだけではすぐにハックしないと思っていてですね。

――「リファラル採用」のサービスがHR業界をゲームチェンジするほどの文化がまだないと。

そうですね。プロダクトアウトでは使ってもらえないから、営業網を活かして人事に啓蒙していく必要があると感じていました。そのとき「チャレンジファンド」というコーポレートベンチャー制度があったので、同期と後輩を巻き込んで最年少チームでエントリーすることにしたんです。当時2014年は300案ほどの中で1・2個出資が得られたのですが、それに通過して1憶円の出資が確定したので、まずはインテリジェンスの中で創業することになりました。

ただ、いずれ市場が大きくなればスピンアウトして独立するか、退職して外でやることを考えていたので、インテリジェンスの中でも営業網は活用するものの社内のリソースを使いすぎず、採用も外部から仲間を集めていました。

150社から申し込みが来ても思った以上に使われない……プラットフォーム構想からSaaS型へ


――創業期は、どのようにプロダクト開発をしていったのですか?

2015年1月のMyRefer立ち上げ期は1人でした。新規事業の立ち上げってクリエイティブに思えるかもしれないですが、既存の事業開発より圧倒的に地道で泥臭いんですよね。むしろアイデアが求められるのは既存の事業開発の方で、新規事業の0→1フェーズは何よりバイタリティとビジョンと熱量が必要でした。その頃のCEOのミッションはなんでも屋なので、採用から事業企画、営業、営業企画(いかに事業会社内の営業の方に売ってもらうか)、PM、マーケティング、ファイナンス、総務、売上管理、法務関連まで全部やっていましたね。

私自身は当時サービス開発やプロデューサーのスキルはなかったので、がむしゃらに身につけて機能定義表やワイヤーフレームを作って、サービスUXを死ぬほど勉強しました。勝つための戦略策定やインサイトを特定する本質的な思考は得意な領域だったので、とにかく顧客や有識者へのヒアリングを重ねてサービス開発をアップデートしました。doda の転職フェアに忍び込んで転職希望者300名に聞き取り調査するくらい泥臭いことをしていました(笑)。

それからメンバーが加わり、3か月後にはエンジニア社員が2名、フリーランスエンジニア6名、ビジネス2名という組織になりました。フリーランスメンバーも含め「全員事業責任者」でビジネスを考える文化で極めてティールドリブンに組織設計し、とにかくスピード感を意識して進め、MyReferをリリースしたのが2015年の10月です。

――2015年10月にMyReferをリリースして、反応はいかがでしたか?

MyReferを初めてリリースしたときは想定以上の問い合わせがあって、いきなり150社ほどの申し込みが入りました。当時のMyReferは、「人と人とのつながりを活かした新たな転職の概念を市場に創造する」というビジョンのもと将来の指数関数的な成長を目指して、セールスを組織化せずフリーミアムで利用できるもの。

社員ユーザーが紹介する能動的なリファラル採用だけでなく、知人・友人から相談を受ける受動的なリファラル採用も促進できるオープンなプラットフォームを目指していたので、タイムラインへの投稿機能や社員と友人のチャット機能がついている形でした。リーンスタートアップとして小さく生んで大きく育てるべき観点と、コーポレートベンチャーとして大きな絵を描いて爆発的に事業を伸ばさなければいけないという観点の双方の間でジレンマを感じていて、意思決定の裏には焦りもあったと思います。

これが、思った以上に全然使われなかったんです。すごく極端にいうと、マーケットがまだ成熟していないにも関わらず、最初から軽トラにウィング付けて、メッキホイルはがして、マフラー太くして…のようなことをやろうとしていたんです。結局あまり意味がなく、トラックのほうを見直さないといけない。社員が仲間集めをするリファラル採用は、人事の興味はありましたが、それでも興味があるくらいのレベル。プロダクトを導入するだけでは思った以上に使ってもらえず、2016年にはB2BのSaaS型に切り替えて、UIUXを抜本的に変え、先を見すぎていた機能をかなりそぎ落としました。ここは結構大きな意思決定でしたね。

――SaaS型への変更はどのように決断されたんでしょうか?

 お客様の声からです。先ほどお話したとおり、もともとはSalesやCSを持たないモデルで指数関数的な成長を描いていたので、導入後のサポートはコールセンターにしていました。企業とユーザーのデータベースを獲得するため、「無料で申し込んだ50社にリクルーター登録を○名登録してもらう」などのKPIを持って、私自身もコールセンターを対応していたんです。

そこで「工数がかけられず優先順位が上がらない」「使い方がわからない」「企業ポリシー上SNSを使うハードルが高い」など、お客様からいろいろな声を頂きました。当初から人事が社員を巻き込んだ採用活動をすることは一定の障壁があるだろうと想定していましたが、アーリーアダプターの企業様でも目標のKPIに届かないこともあったんです。そういった声を拾いながら、裏側のインサイトの最大公約数をとらえると、やはり日本の採用市場においては「人事が社員を採用活動に巻き込むことにおける業務的負荷のみでなく、『精神的負荷』が大きい」ということが分かりました。

まだリファラル採用という概念も広まっていない中、人事の方にとっては「自分の採用ミッションを社員にやらせている」という不安が大きくあって。それはプロダクトで変えられる話ではないですよね。採用の文化をゲームチェンジするのであれば、お客様と伴走してコンサルティングをして、大手企業に使ってもらいマーケットを広げていかなければいけない。制度設計コンサルをセットにして伴走型で進めていくため、セールスとカスタマーサクセスを置いて、課金で売ってプロダクトとコンサルティングをする複合プランに切り替えていきました。

――お客様の声を聞いて決断されたんですね。周りからの反応はありましたか?

最初は売上ではなくユーザー数や紹介数のKPIを重視していましたが、思った以上にプラットフォーム構想が進まなかったんですよね。もう少し検証していきたいところでしたが、そういった状況が続く中で事業会社の経営陣からも売上を上げることに対する無言の圧力が強くなっていきました。

短期的に売上を作らなければいけないコーポレートベンチャーの宿命ですが、リリース半年も経たないうちに経営会議のアジェンダがPLの議論に終始し始めました。くやしい部分もありましたが、もうこれは実績が全てだと思っていたので、単月黒字へ持っていくためにも早期でのピボットをしました。

大手企業の導入から始まる“リファラル採用”の波


――そこからどうやって単月黒字に持っていったのでしょうか。

私のリソースの8割を営業にシフトして、全員でコミットしていきました。よく「事例がないので売れません」と言われますが、むしろスタートアップのプロダクトはほぼ事例がなく、作るしかないので。それを半分妄想というか、理想を現実にするという話で営業するんですよね。

そして、リリース10カ月後の2016年8月に単月黒字を達成しました。リファラル採用が少しずつ流行りつつあったんですが、みんな興味あるだけで実際に発注には動かない頃。ちょうどNHKの「おはよう日本」さんに取材の話をいただいて2016年8月に出演させてもらえたんですよね。ある企業の常務の方が朝6時から「おはよう日本」を見てくれたらしく、MyReferに問い合わせくれて。その日はお盆休みだったんですが、私も帰省先から帰ってきて商談に行って(笑)、その場で受注になって単月黒字を達成しました。

――8月のお盆休みに初の単月黒字!すごいですね。

もちろんそういった受注はかなり珍しく、大手企業に一年半かけて営業して導入いただくことも地道にやっていました。さらに2017年には通期黒字を目標に掲げて、達成しました。我々がそれを実現しないからには事業会社内で組織のプレゼンスがなくなりますし、世の中を変えるのは到底無理だ、という過酷な状況のもと全員でコミットしましたね。毎月新たな大手企業を受注するごとに市場を広げつつあるのを肌で感じていたので、「俺たちが市場を創らないと、日本の採用・転職マーケットは終わる」くらいの覚悟と使命感が全員にあったと思います。

やはり事例が出てきたらマーケットは伸びていくんですよね。相当長い時間をかけて必死に開拓していきましたが、日産自動車様や日立製作所様に導入いただけるようになって。そういう企業が一社一社地道に出てきた結果で、リファラル採用の文化がどんどん広がっていきました。その頃モスバーガー様にもご利用いただけるようになりましたが、営業のメンバーがあのとき受注してなかったら、外食産業にこんなにリファラル採用が広がってなかったと思いますよね。


――一社一社の導入からゲームチェンジしてきたのですね。サービスとしてはどのように進化していったのでしょうか。

営業としては結論すごくコミットしましたが、その裏側にある戦略・戦術は超高速PDCAをまわしていました。リーンスタートアップに則って、毎月何が刺さっているのか/なぜチャーンしたのか、あらゆる要素を分解してプロダクト開発の意思決定を進めていましたね。

MyReferをSaaSプロダクトとして磨いていくためには「アナログの業務が効率化される」+「アナログでは出来なかったことが出来る」ことが価値だと定義していました。プラットフォームではなくリファラル採用を仕組み化できるSaaSにピボットした瞬間、ゴールは企業としてお金を払ってでも使い続けたいと思われる状態なので、「日本で最も簡単にリファラル採用を導入し、仕組み化できるSaaSサービス」を目指しました。

仕組み化とは、すなわち

・データの見える化(何がどうなっているかが一目でわかる)
・手順の見える化(何をすればいいか考えずともわかる)
・作業の効率化(フローがシステム化、自動化される)

であり、

・いつ(when)、何を(what)どうすれば(how)リファラルを浸透させられるかがわかる
・誰が(Who)、どの友人に(which)、なぜ(Why)で声掛けしたかがわかる

これらをプロダクトに反映し、アナログの業務が効率化されることとアナログでは出来なかったことが出来ることを重視しました。

アナログの業務効率化としては、社員に対して定期的に告知配信するマーケティング機能をアップデートしたり、プライベートシーンでも社員が自社を紹介できるアプリをローンチしたりと。また、MyReferでしか出来ないこととしては、紹介して終わりではなく、「興味あり」の人のデータをためていくタレントプール機能やアナリティクス機能をアップデートしました。

意思決定の軸はシンプルで、アナログの社員紹介でできない価値を創出するためにぐるぐる検証していましたね。同時に導入社数の拡大、リクルーター登録数・リファラル紹介数・応募数の増加というファネルごとのドロップ率を分析して既存機能のアップデートもPDCAを回していました。

また、プロダクトを開発してスケールさせていくためには、あえて営業力のない売り方をしないとインサイトが特定できないんですよね。なので、当時は最強の営業組織をつくるという逆で、最強のサービス開発集団作るという文化にしていました。もしプロダクトが悪くても、最強の営業力で1億を売ってきたら、「これスケールするのでは?」と錯覚してしまうので(笑)。プロダクトの当て方や商品戦略、営業戦略もベースに作っていく必要があるんですよね。

――最強のサービス開発集団という文化を作っていたのですね。ほかに組織論としてこだわりはありましたか?

スタートアップの時期は、全員100%を出し切るだけではいけなくて。ちゃんとしたリーダーが先導すれば、200%、300%まで出せるんですよね。意識していたのは、ビジョンまでの道のりとして、すべてのタスクを連続性持って見えるようにすること。これと、これと、これを成し遂げることで、我々は何億作る。そうやってタスクをみんなに割り振って進めて、1人が100%ではなく、300%出し切ることができたからこそ、単月黒字や通期黒字まで持っていけたと思います。

あとは、働くに熱狂する組織にしていきたいと思っていたので社員が3名の頃からずっとキックオフをしていました(笑)。

▼2016年当時のキックオフスライド


「我々はなぜこれをやるのか」、「今これだけの価値を生み出している」と常に説き続けてきていて。「人と人とのつながりを活かした新たな転職の概念を日本に創造する」、そして「転職・採用市場のゲームチェンジャーになる」ということを毎月暑苦しいほど呪文のように言い続けていました。

最初の月は、MyReferを通じて紹介されて決定した数が月4名だったんですが、「我々のプラットフォームは月4名の方の人生を変えている」と言い続け、みんなでリファラル採用市場を創っている誇りを感じていました。市場インパクトはそこまでないですが、自分たちの生み出したサービスで採用・転職市場に雇用の最適配置を生み出せたことを実感できて、本当に嬉しかったですね。

――ありがとうございます!

創業インタビュー中編では、MyRefer創業からの壁、そしてサービスが成長してきた軌跡についてお聞きしました。最終回の後編では、株式会社MyReferとして独立した背景と今後のビジョンを聞いていきたいと思います。次回もお楽しみに!
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