株式会社マイクロアド 福岡支社 アカウントプランナー 深沢 幹
信託銀行から未経験でマイクロアドへ入社。
東京配属から半年後、福岡支社でエリア営業を担うことになりました。
慣れない業界、慣れない環境でのスタート。
それでも福岡で地域に根差した営業の面白さに目覚め
仕事への手応えと成果が少しずつ結びつき始めます。
その結果、入社4年目で半期の営業本部MVPを受賞。
現在は、仙台という新たな挑戦の舞台へ挑もうとしています。
環境が変わるたびに成長の幅を広げてきた深沢さん。
その歩みの中で掴んだものとは何だったのか。お話を伺いました。
新卒で信託銀行へ。「立て直し」から始まった転職
ーー本日はよろしくお願いします。まずはこれまでのキャリアについて教えてください。
大学卒業後、三井住友信託銀行株式会社に入社しました。豊橋支店に配属され、浜松エリアを担当していました。個人のお客様へ運用商品の提案や相続・遺言のご相談など、幅広い業務に携わっていました。その後、2022年4月にマイクロアドへ入社しました。
ーー転職を考えたきっかけは何だったのでしょうか。
前職はやりがいもあり、責任のある仕事も任せていただいていました。ただ、「前向きなキャリアアップ」というよりも、「一度自分を立て直したい」という気持ちが大きくなっていったのが正直なところです。
地元の神奈川県を離れ、家族や友人もいない土地での勤務だったので戸惑うことも多かったです。仕事内容が問題だったというよりも、当時の自分には余裕がなかったのだと思います。悩みを相談することも得意ではなく、結果的に一人で抱え込んでしまっていました。
改めて「今の自分に合う環境はどこだろう」と考えたとき、環境を変えてもう一度挑戦するという選択をしました。
“自分を立て直せる環境”を求めて
ーー転職活動では、何を重視していましたか?
新卒時代は、大学のゼミで学んでいた「投資知識を活かせる仕事」という軸を持っていました。ただ、その軸を重視していたからこそ、理想と現実の差を必要以上に感じてしまっていました。また、前職は厳しくも成長できる環境でしたが、当時の自分は自信を持って意見を発信できる状態ではなく、結果として受け身になってしまうことも多かったと感じています。
だからこそ転職では、「どんな仕事か」以上に、「どんな人と働くか」「挑戦を後押ししてくれる環境か」を重視しました。そんな中で、マイクロアドの求人に出会いました。
面接では、いわゆる形式的な質問というよりも、自分の話を深掘りして聞いてもらえる時間が多かったです。雑談のような会話もあり、自然体で話せたことが印象に残っています。
「ここなら、もう一度挑戦できるかもしれない」そう思えたことが、入社の決め手でした。
“背水の陣”で走り続けた東京本社時代
ーー入社後は東京配属でしたね。未経験で大変だったことは何ですか?
まず感じたのは、意思決定のスピードの速さです。前職では慎重にプロセスを踏んで進める文化がありましたが、マイクロアドでは判断と実行のテンポがとても速いと感じました。
当然、広告業界の専門知識もゼロからのスタートでした。最初は会話についていくだけで精一杯で、まずは電話やアポイントなど、行動量で食らいつくしかないという状態でした。
ーーどのような気持ちで乗り越えましたか?
「次はない」という覚悟ですかね。
一度退職を経験しているからこそ、ここで結果を出せなければ本当に後がない、という気持ちでした。自分の力を証明したいという思いも強かったと思います。とにかく目の前の成果に集中し、必死に走り続けていた半年間でしたね。
東京から福岡へ。「また知らない土地へ」という不安
ーーその後、福岡支社への異動が決まったと思いますが、オファーがあった際の率直な気持ちはいかがでしたか。
正直、不安はありましたね。入社してまだ半年というタイミングでしたし、また縁もゆかりもない土地でゼロから関係を築くことになるので。
豊橋で環境に慣れるまで時間がかかった経験もあったので、「もう一度同じような状況にならないか」という思いはありました。
ーー異動の背景についてはどのように受け止めましたか。
組織としての配置転換という側面もありましたが、同時に育成の意図もあると感じました。東京に残る選択肢もあったと思いますが、結果として、「今までにない成長速度」を求めて、新しい環境に飛び込むことを選びました。
振り返ってみると、この異動が大きな転機だったと思います。
福岡支社での“開花”
ーー福岡で働いてみて、東京との違いは感じましたか?
東京と比べるとマーケットはコンパクトですが、その分お客様との距離が近いと感じました。異動当初、中四国エリアを担当していましたが、社内でそのエリアを専任で見るのは初めてのケースでした。その分大変さはありましたが、それ以上に面白さを感じました。
その後販路変更を経て、九州の企業も担当するようになりましたが、その地域の特徴を知れば知るほど、「こういう提案の方が合うかもしれない」と考えられるようになりました。提案がその企業や地域にフィットしたとき、「ちゃんと向き合えているな」と実感できました。
「九州のために仕事をしている」という感覚が、自然とモチベーションにつながっていきました。
ーー福岡だからこそできた経験や挑戦があれば、教えてください。
案件をローカライズする、というか、“地域に合わせて考える”ところから関われたことです。エリアに根差して仕事をするほど、提案の質が磨かれていく。その実感が、やりがいや成長につながったと感じています。
※福岡支社メンバー、社員旅行の写真
「疑い続けること」で掴んだMVP
ーー入社4年目でMVPを受賞されましたね。受賞されたときの、率直な感想を教えてください。
稼働代理店数・アカウント数で、部署の最高記録を更新できたことは素直に嬉しかったです。
ただ、それ以上に大きかったのは、「福岡で、自分がちゃんと戦えている」と思えたことでした。やっと、仕事ができる居場所を掴めたという実感がありました。
これまで支えてくださった上司の存在も大きく、感謝の気持ちが強かったですね。
ーー成果を出せた理由は何だと思いますか。
「疑い続けること」だと思っています。
入社して2年ほど経ったころ、ある程度の業務はこなせるようになりました。でも、自分の中で「こなせている状態」に安心してしまうと、成長は止まると感じました。
提案内容や行動量、本当に今のやり方がベストなのか。付け焼き刃ではなく、「そもそも何が課題なのか」を問い直すことを意識しました。その結果、案件相談が増えるなど、少しずつ変化が出てきました。大きなことをしたというより、小さな違和感を放置せず、疑い続けたことが積み重なったのだと思います。
次の舞台は仙台。“育てる側”へ
ーー今後の展望について教えてください。
これまでは育ててもらう立場でしたが、これからは“育てる側”の立場になるフェーズだと感じています。
福岡で、未熟な自分の意見でもまずは聞いてもらえる環境があったことが、自分の成長につながりました。だからこそ、次はその環境をつくる側になりたいと思っています。
自分が理想とするのは、「正解を押し付けない上司」です。未熟でもいいから、まずは意見を出してみる。その意見を一度受け止め、一緒に磨いていく。そんな関わり方ができる存在でありたいです。
支社として成果を出すことはもちろんですが、それ以上に、メンバーが「ここなら挑戦できる」と思える環境をつくることが目標です。今まで自分がやってもらったことを、次は返していきたいと思っています。
読者へのメッセージ
ーー最後に、転職を考えている方へメッセージをお願いします。
環境との相性は、どうしてもあると思います。頑張りが足りないからではなく、場所やタイミングが合わないこともあると思います。
でも、信頼できる上司や、きちんと耳を傾けてくれる人は、必ずどこかにいます。
その出会いを諦めずに、粘り強く動いてみてほしいです。環境を変えることは怖さもありますが、その先で「ここなら頑張れる」と思える居場所に出会えることもあります。
私自身も、環境を変え続けた先で、それを見つけることができました。
自分の可能性を信じて、一歩踏み出してみてほしいです。
【編集後記】
取材を通して印象に残ったのは、新卒時代の挫折を経て生まれた強い「覚悟」でした。「もう後はない」という覚悟で挑んだ日々の中で、マイクロアドで出会った上司や仲間への感謝が、今の深沢さんの原動力になっているのだと感じました。
福岡で築いた“自分が戦える居場所”。その経験を、次は誰かのためにつくる側へと広げようとしています。
深沢さんが、これからどんな景色を見せてくれるのかとても楽しみになりました。
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