こんにちは。malnaの採用広報チームです。
今回の社員インタビューは、2026年にmalnaへジョインした斎藤さんにお話を伺いました。大学院まで6年間ろくろを回し、「美術とは何か」と向き合い続けてきた人が、いまウェビナーの集客支援を担当しています。
入社してまだ1ヶ月。成果を語るには早いタイミングですが、斎藤さんの新しい挑戦について、これまでの歩みとともに語ってもらいました。
斎藤 志公
─ 1998年、岩手県生まれ。東北芸術工科大学大学院 芸術文化専攻 工芸研究領域を修了。在学中は陶芸を専攻。修了後は山形の文化施設運営会社でデザイン業務と陶芸教室の講師を務めながら、個人でもアーティストとして活動。2026年にmalnaへジョイン。現在はウェビナーの開催支援と集客支援を担当。
入社して1ヶ月の感想
ー まず、現在の率直な感想から伺いたいです。働いてみて、どうですか?
風通しがよくて、全体で頑張ろうという空気が心地いいというのが、まず率直なところです。皆さん本当にいい人で、そこは入社前に想像していた以上でした。
一方で、僕はマーケティング未経験なので、業務についていくにはとにかくインプットが必要です。そこは正直、毎日必死ですね。
ただ、面白いなと思っているのは、今の現状と将来的なビジョンを話せる場がちゃんとあることです。「今できていないこと」と「半年後にできているべきこと」がセットで話題に上がる。やりがいがある、という感覚的な話だけではなくて、自分がどこに向かっているかの指標が立てやすいんですよね。ここは前の環境との大きな違いだと感じています。
野球漬けの少年時代に鍛えられたもの
ー ー 陶芸を6年間やってきた方が、いまウェビナーの集客を担当している。かなり大きな転換だと思うのですが、そもそもどういう経緯でここに辿り着いたのか、少年時代のお話からお聞かせください
外でも中でも、ちゃんと遊ぶ子だったと思います。ゲームもやりますが、外でも普通に走り回っている。友達に合わせて、どちらも楽しんでいた感じですね。
父が野球の監督をやっていたこともあって、気づいたら野球を始めていました。小学4年生くらいからは、学校に行っているか、そのあと練習に行っているか、土日は練習試合か。記憶がほとんどそれです。
結構厳しめの父だったので、メンタル的な部分は幼少期にかなり鍛えられたと思っています。いい意味で、田舎の子らしく育ててもらいました。
ー 中学で野球から音楽へ。大きな方向転換に見えます。
それが、意外とすんなりだったんです。
中学までは野球を続けていたのですが、部活を引退したタイミングで「バンドをやろう」というメンバーがたまたま集まって。音楽は好きだったので、そのまま流れで始めました。
ただ、実はもともと絵を描くのが好きな子どもでもあったんですよ。スポーツ少年団に入っていたとはいえ、そちらへの関心はずっと変わらずあって。だから音楽の道に入ったのも、自分の中では割と必然だったのかなと思います。
ー 高校ではバンド活動を続けていたそうですね。
はい。地元のライブハウスでライブもさせてもらっていて、フェスで学生向けのステージに立たせてもらったり。それなりに没頭していたと思います。
ただ、高校3年のときにふと考え始めたんです。このバンドは、そもそも自分発ではないなと。「やろうぜ」と誘われて始まったものだったので。じゃあ自分が本当にやりたいことは何なのかと考えてるうちに、一緒にやっていたメンバーは全員、進学先が決まっていました。彼らは今も音楽を続けています。
ー そこから進路をどう決めたんですか?
学校からは推薦の話がいくつか来ていました。「ここを受けてみなさい」とかなり言われたのですが、やりたくないところに行ったところで、自分は勉強も何もしないだろうと思ったんです。だから全部断りました。担任には「やりたいことが決まったら、あらためてお伝えします」と伝えました。
そこから色々調べ始めました。最初はデザインをやりたいと思っていたんです。ただ大学や業界を調べていくうちに、「デザインもいいけれど、美術のほうがいいな」と考えが変わっていきました。もともと絵が好きだったこともあって、調べ終わる頃には音楽のことは完全に頭から消えていた。
自分で決めたことしか続かない。この感覚は、たぶんこのときに固まったのだと思います。
効率化してはいけない領域と、積み上げるしかない領域
ー 大学・大学院での6年間は、どんな時間でしたか?
座学よりも制作が中心の日々でしたね。
実は、美術史や美術学については授業を取って学んだわけではなく、ほとんど独学なんです。図書館に通って、「美術をやるならここは必要だ」と思う領域を自分で調べて研究していく。手を動かすことと同じくらい、作品を補強してくれる"思考"の部分をどれだけ強化できるかに時間を使っていました。
ー その6年間で、自分に残ったものは何だと思いますか?
大きくは、効率についての考え方です。岡潔さんという数学者が、成功するために効率化はするな、というようなことを書いていて。それを読んで強く同感したんです。
システマチックに作られたものを「これが美術です」と提示されると、多くの人が違和感を持つと思うんですよ。「それはプロダクトではないか」と。もちろん効率を受け入れる仕事もあるし、それを職業とする人もいる。ただ自分の美術観としては、効率をどうこう考えて良いものができた試しがない。すごく時間をかける。それが作品を補強してくれる。ここは、ビジネスとは明確に違う側面だと思っています。
ー 逆に、共通していると感じることはありますか?
結局のところ、積み上げていくしかないというところですね。
中学のテストのように、一夜漬けでどうにかなるものではない。ある程度、毎日ちょっとずつ積み上げるしかない。これは業界を問わず、何事においても一緒だと思っています。
「作る側」から「届ける側」へ
ー 大学院を修了されたあとは、文化施設の運営会社に入られたそうですね。
美術やデザインに関わりのある仕事をしながら、個人の制作活動も続けたかったんです。
業務の大枠は施設運営でした。イベントの企画、貸室の受付、館内の整備。そのなかに会社が抱えるプロジェクトがいくつもあり、クラフトのショップや陶芸教室が動いていました。
僕はショップにどの作家さんの作品を入れるかを考えたり、新しく入った作家さんの商品を撮影してレタッチしたり。陶芸教室の講師も務めていました。個人としても、機会をいただければ展示に参加させてもらっていましたね。自分の中ではまだ習作期だと思っているので、空いている時間はずっと作品をつくっていました。
ー 振り返ると、どういう時期でしたか?
いま思うと、この時期まで僕はずっと「作る側」の人間でした。ものをつくり、写真を撮り、見せ方を整える。そういう仕事です。
ー そこから転職を考えたきっかけは何でしたか?
最も大きかったのは、東京に出たかったことです。大学入学からずっと山形にいたので、いざ本格的に仕事をするとなったときに、もう少し違う世界を見たいと思った。環境をガラッと変えたかったんです。
ー そのなかで、なぜマーケティングを選んだのですか?正直、アートの世界からは、かなり距離があるように見えていて。
前職でも、自分たちで広告を打たなければならない場面はあったんです。当然、知識として必要なものです。ただ自分の中で、そこをやりきれていない感覚がずっとあった。だから一度、広告というものにがっつり関わってみたいと思ったんですよね。
そしてもうひとつ。作る側はやってきたのだから、次はそれを運用したり、支援したりするポジションをやってみたいと考えました。
正直に言えば、転職活動を始める前は「マーケティング」という職種があること自体、よく分かっていませんでした。調べていくうちにこれは面白そうだと思い始めて、そこに職種を絞って活動していったという流れです。
ー 数ある選択肢のなかで、malnaを選んだ理由は何でしたか?
エージェントから紹介いただいた一社だったのですが、最初の印象はWebサイトです。見た瞬間に「信用できそうだ」と思いました。
決め手になったのは面談です。代表の高橋と、神田にお会いしたときに、ぼやかしている感じがまったくしなかった。
どのラインまで求めているのか。どういう人になってほしいのか。何ができるようになってほしいのか。それをはっきり言語化して伝えてくれる。マーケティングをまったくやってこなかった自分にとっても、極めて分かりやすかったんです。この人たちと仕事がしたいと思いました。
環境を変えたいという目的にも、適切な場だと感じました。自分の成長につながりそうであること。人間関係で無理をせず、純粋に業務と向き合えそうな予感があったこと。この2つが大きかったです。
ー 入社してみて、率直にどうですか?
まず新鮮だったのは、AIの使い方です。それまではチャット形式でしか触ったことがなかったので、自律型のAIを前提に仕事を進めるという経験が完全に初めてでした。苦戦しながらも、面白いと感じています。
そしてもうひとつ強く感じているのが、常に天秤にかけ続ける仕事だということです。
メールマガジン一通をとっても、意識しなければならない要素が非常に多い。かといって、時間をかければいいという話でもありません。売上を気にしながら、広告としてのクオリティも狙っていかなければならない。その両方を同時に見続ける状態は、これまでの自分にはなかったものです。
ー 作る側だった経験は、活きていますか?
活きている実感と、足りないものがはっきり見える感覚と、両方ありますね。
僕はずっとクリエイティブを作る側の人間でした。だからこそ痛感するのですが、この仕事はクリエイティブが良ければいいという話ではない。打ち方、タイミング、件名。それがどれだけ申し込み者の増加につながるのか。そこまで含めて考える必要がある。
作り手として蓄積してきたものが活きる場面もあれば、それだけでは足りないことが突きつけられる場面もある。今はその両方を、毎日経験している感覚です。
ー かなり大きなキャリアチェンジですよね。周囲から何か言われませんでしたか?
それなりにありました。ただ、自分が決めたことなので関係ないと思うようにしていました。
正直、それ以外に言えることがないんです。誰かが責任を取ってくれるわけでもないし、他の人の人生ではなく自分の人生ですから。
高校3年で推薦を全部断ったときも、大学で美術を選んだときも、今回も、たぶん構造は同じです。自分で決めたことでなければ、結局続かない。
手に入れたいのは、自分なりの「武器」
ー 1年後、どうなっていたいですか?
まだ少しぼんやりしていますが、自分なりの武器が見つかっているといいなと思っています。
セオリーと効率化で、ある程度のクオリティは時間をかければ出せるようになるはずです。ただ問題はその先で、「では自分の、あるいは会社の強みは何なのか」というところ。今はまだ、業務をこなしている段階だという自覚があります。
クライアントとの信頼を得られたとき、そこでどういう提案ができるか。それはおそらく、自分がどんな武器を持っているかに尽きる。鋭くなくても構わないので、まずは持てるようになりたいです。
未経験からでも、こうやって武器にできる。それが自分の腑に落ちる形で見えてきたら嬉しいなと思っています。
作る側にいた人間が、届ける側に回る。その往復のなかにしか生まれないものが、たぶんあると信じて積み上げている段階です。
ー 最後に、未経験からの挑戦を迷っている方へメッセージをお願いします。
飛び込んでみることも、結構大事だと思います。
自分の場合、会社に対する安心感が大きかったんです。面接やウェルカムランチで実際にお会いできていたので、人に関する心配が入社前からほとんどなかった。だから飛び込めた部分は間違いなくあります。
もちろん、不安がゼロだったわけではありません。最初はデザイン関連の仕事も調べていましたし、別の道を選ぶ可能性もありました。それでも、乗り越えて応募し、入社してよかったと思っています。経験としても、今の成長という意味でも。
だからこそ、熱量があるのであれば、ぜひ挑戦してみてほしいと思います。
ー 斎藤さんのこれからの活躍、楽しみにしています。ありがとうございました。