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苦難を乗り越えた先に実現した医療業務の改善。院内オペレーションシステム開発秘話

ヘルスケア・スタートアップのLinc'well(リンクウェル)は、ITによってヘルスケア領域を発展させることを目指しています。テクノロジーによりヘルスケアを変革するだけではなく、医療機関の利便性向上などあらゆる人にとっての医療体験の改善も行っています。

Linc'wellが事業の最初期に手掛けたプロジェクトのひとつが、クリニックの院内オペレーションシステムの開発です。私たちはITを徹底活用したスマートクリニック「クリニックフォア」をプロデュースしており、その業務を支援するためのシステムを手がけました。

このプロジェクトはすべてが円滑に進んだわけではありませんでした。いくつもの困難を乗り越えながら、医療関係者の業務を支えるサービスを生み出してきたのです。システムの開発秘話とその経験から得た学びについて、CTOの戸本裕太郎が語ります。

CTO 戸本 裕太郎
中部電力を経てLinc’wellに参画。中部電力ではCIS/ERPシステムの開発後、全社的なICT戦略の立案・実行、AI・ブロックチェーンを使ったオープンイノベーションを推進。2018年Linc’wellにエンジニアとして参画。現在はCTOとして、ハスラー+エンジニア的なムーブをしつつ戦略立案とプロダクトマネジメントに比重を置いて活動。

クリニック業務のデジタル化を目指し、プロジェクトが始動

――院内オペレーションシステムは、Linc'wellが提供するサービスの中でも、最初期に開発されたと伺っています。

Linc’wellの創業が2018年4月で、院内オペレーションシステムの開発が始まったのが同年5月でした。スマートクリニック「クリニックフォア田町」のオープンが同年10月に決定しており、院内の業務を支援するシステムを開発することを目的として、プロジェクトがスタートしました。

――どのようなシステムを提供しましたか?

院内オペレーションシステムの開発では、クリニックの業務の大部分をデジタル化し、個人のプライバシーも守りながら業務効率を向上させることを目指していました。その目的に沿ったシステム開発をいくつも企画・構想していました。

具体的に開発したものの例を挙げると、まず患者の情報を管理・閲覧するシステムです。また、患者の来院を認識して、受付・待合状況を可視化し、診察室に呼ぶためのシステム(以下、受付・待合管理システムと表記)も開発する必要がありました。

初期の頃に作成された、患者の情報を管理・閲覧するシステム。画面デザインや表示項目などは変化してきたものの、このシステムは現在も引き続き利用されている。

受付・待合管理システムでは、予約時に患者に届くQRコードを受付でかざすことで、来院したことがシステムに伝達される予定でした。そして、クリニックの待合室に設置されている大型ディスプレイに受付・待合状況が表示され、患者はその情報を見て待ち時間や診察室に呼ばれたことを把握できます。

患者の情報を管理・閲覧するシステムは、現在もクリニック内で使用されています。しかし受付・待合管理システムは、完成したにも関わらず医療の現場で使われることはありませんでした。

開発したにもかかわらず、システムがお蔵入り。その理由とは

――使われなかった、ですか。いったい何があったのでしょうか?

受付・待合管理システムを現場のオペレーションにうまく組み込むには、クリニックの間取りやコミュニケーションの流れを把握したうえでシステムを設計し、医療関係者に使い方を習得していただく必要がありました。

しかし、クリニックの施工が完了したのが9月中旬だったためにそういった作業に時間を取ることが難しかったです。かつ、そもそもwebシステム自体もオープン直前まで開発しているというギリギリの状況だったため、私自身がシステムを利用する方々に機能を説明する機会を用意できませんでした。

当時はクリニックの開業支援自体が初めての試みでしたから、手探りな部分も大きかったです。もちろん計画的にプロジェクトを進めてはいたものの、竣工からクリニックのオープンまでどれくらいの猶予があるのかわからないなど、タイトな条件や制約がいくつもありました。デザインシンキングをする暇もなく、システムのほとんどの機能を仮説とシミュレーションで体験設計する、離れ業のような世界でした。

悲しいですが、まともな格好のアジャイル開発などやっている余裕はありません。この頃は、無ければ絶対に困る機能から順に開発していくことで、なんとかクリニックの業務を成立させることしか考えていませんでした。

それらの機能の中には、どうしても開発順序が後回しになるものが出てきます。受付・待合管理システムはその代表例でした。「受付・待合管理システムをwebシステムの一部にすることで、通信の遅延が画面描画にもろに影響するだろう」「QRコードを読み取る機械と接続するためのプラグインがwebに対応しているのだろうか」など、懸念点が山ほどありました。

「リアルな空間に設置されるシステムだから、何かあったときリカバリが難しい。きちんとテストせずにこれを動かすのは怖いな……」と恐れていた部分もあって。そのため、このシステムをクリニックの運用に乗せることを後回しにしていました。

――相当に大変な状況だったのですね。

結局、その後も複数のプロジェクトが立ち上がったため開発業務がかなり忙しくなりました。受付・待合管理の機能はエンハンスメントしていたものの、医療関係者にシステムの説明をする時間を捻出できないまま、2か月ほどが過ぎました。

そして、たしか年明けだったかな? ある日クリニックを訪問してみると大きな変化があって。院内に設置されたスピーカーから「○○さん、○○診察室に入ってください」と音声を流して患者を案内する仕組みが、私の知らないうちに導入されていました。つまり、受付・待合管理システムはせっかく開発したにもかかわらず、お蔵入りになってしまったんですよ。


――つらいですね。プロジェクトを振り返ってみて、どうすればそうした事態を防げたと思われますか?

うーん……。正直、防げないと思います(笑)。最初の年のアプリケーション開発は本当に無茶なスケジュールで、人はいない、知識もないという状況でしたから。このエピソードは「小を捨てて大に就く*」です。他のシステムがクリニックのオープンに間に合ったことが奇跡だと思うので、むしろ全体として見れば成功で、受付・待合管理システムがお蔵入りになったことは枝葉末節の笑い話です。

*…小さなものを犠牲にして重要なものを守ること。

とはいえ、作った機能が世の中の評価を全く受けずにクローズするというのは寂しい話ではあります。せめてマーケットの評価を受けたい、ダメなシステムならば「使いものにならない」と言われてから終了したいと思いましたが、結果が全てですね。

――もし仮に戸本さんが当時に戻れるとすれば、どのような行動をとりますか?

システムを作ることだけに集中してはプロジェクトが好転しないとわかっているのに、お利口さんな感じで働いていたのは良くなかったかなと思います。他の人たちを無理やりにでも巻き込んで、自分の思いやエネルギーをぶつけていれば、もしかしたら「せめてシステムを世に出したい」という願いは叶ったかもしれません。

もっとわがままに「なんでこのオペレーションに挑戦しないんだ! こっちは一生懸命作ってんだぞ!」とか言って、予定調和を壊す側に回ったほうが、もっとダイナミックな結果につながったかもしれないですね。

決して、受付・待合管理のシステムだけで業務効率化が実現できるとは思わないですが、他のDX施策とシームレスに組みわせること自体は、非常に意義があると考えています。

とりわけ、クリニックというまだまだ旧態依然とした業務が残っている領域においては、当たり前のシステムの便利さをうまく組み合わせるだけで、劇的に作業効率やUXが改善します。それは当時もわかっていましたが、あの頃はLinc'wellのメンバーたちもみんな不安で、チャレンジすることに二の足を踏んでいました。

もし当時に戻ることができるならば、空気を読まずにどんどんこういう話をしたでしょうし、「実際にユーザーに使ってもらうのが当たり前だ」という態度でシステム開発に取り組んだかもしれませんね。

「組織内のキーパーソンと合意形成すること」の重要さ

――受付・待合管理システムがお蔵入りになった一方で、患者の情報を管理・閲覧するシステムは業務に組み込まれました。その要因は何にあると思いますか?

それは自明で、医師や看護師、医療事務といった医療関係者の業務において、このシステムの利用が必須だからですよね。受付や問診の準備など、各種の作業を進める際には必ず患者の情報を確認する必要があり、このシステムは完全にマッチしていました。

――解説していただいた事例をふまえて、現場のオペレーションへのシステム導入を成功させる秘訣を語っていただくことはできますか?

私はエンジニアでありプロジェクトマネージャーだったため、その立場からお話しすると「何をもって成功と判断するのか」を定義したうえで、プロジェクトに着手することは重要です。

例えば、最初にプロデュースしたクリニックは保険診療を取り扱っており社会的インフラという側面が強かったため「クリニックの営業が止まるような事態が発生したら絶対にまずいだろう。何があろうと、そのラインだけは守りきらないと」と自分なりに定義しました。するとゴールは明確なので、資源が限られていても「このリソースを何に向けるべきなのか」を判断できるというシンプルな話です。

それから、どのような性質のプロジェクトにおいてもディシジョンメーカーというのはいますから、コードを書く前にオペレーションの現場に足を運んで、そういう人に何度も会う。たとえ相手から鬱陶しいと思われても、図太く現場をうろついて(笑)、起きていることをクイックに確認する。そうして情報を集めながら、キーパーソンと目線合わせをすることが大切になります。それができたならば、あとはひたすらコードを書くという感じですね。

――ロジカルにテクノロジーのことを考える仕事だけではなく、泥臭く人々と目線合わせする仕事も、業務オペレーション改善のシステムを開発するには必要なのですね。

このエピソードはあくまで事業黎明期の例であって、通常であれば適切にデザインシンキングすべきだと思います。ですが、この事例でお話ししたような泥臭い仕事も、やり切っておいて損はありません。その経験を通じて身につくスキルが必ずあるはずです。

多くのエンジニアやデザイナーは「現場で業務にあたる人々の役に立つサービスを作りたい」というビジョンを持っていますが、一人で現場に行ってサービス利用者と話す行動がとれるような、フットワークのある人は実際には少ないです。だからこそ、「もっとこうだったらいいのに」という理想をクリエイティブで表現する力に秀でているとも言えます。

しかし、自分たちのビジネスが市場において余程の優位性を持っているのでもない限り、自分たちが理想とするプロセスや方法論をエンドユーザーに啓蒙するようなやり方は、なかなかBtoBのプロダクトでは通用しません。「良いシステムを×使ってもらって=ゴール」ですから、システム利用者の特性や課題を知ることには大きな価値がある。だからこそ、クリエイターには積極的に現場に足を運んでほしいと思います。

医療関係者からのフィードバックを得たからこそ気づけたこと

――医療関係者からフィードバックを受けて、システムを改善した事例についてもお聞かせいただけますか?

個別事象のエピソードなので恐縮ですが、医療業界には「その患者が何かの目的で初めてクリニックを訪れたこと」を表す、初診という言葉があります。そして、医療事務にとっては患者が初診かそうでないかは、相当に重要な情報です。なぜなら、初診の患者に対しては説明しなければならない情報がたくさんあるためです。初診か否かで現場のオペレーションが変わります。

初めてこの話を聞いたエンジニアは「その患者が初めてアカウントを作成してクリニックを訪れた場合に、初診であると判定すればいい」などと考えてシステムを設計します。しかし、医療領域においては、例えば患者が風邪の症状を訴えてクリニックを初めて訪れた後、次に皮膚病を訴えて訪問した場合には(皮膚病の)初診とみなす必要があります。つまり、「アカウント作成=初診」というシンプルな解決策ですと、間違った結果を招きます。

正攻法でこの課題を解決するにはややこしい判定が必要になるのですが、今度は「そんなに難しい設計・実装をしてまで、初診かどうかを自動的に判別すべきなのか?」という別の悩みが生じてきます。当時は、工数をかけてまで複雑な初診の判定ロジックを作るべきではないと判断しました。

そこで、システムによる自動判別をするのではなく、受付を担当した医療事務が「この患者は初診だ」とわかった瞬間に、システムの画面にあるトグルボタンをONにするという、たったそれだけのことを実装しました。ボタン押下に伴い、画面の描画とは非同期でデータベースへの反映処理が走り、他の医療事務が見ている画面にもその情報が反映されます。


その頃は本当に情けないくらい開発リソースがなかったので、現場で働く人々のフィードバックをふまえて、Needsを変えずにWantsだけハックした例です。クリニックに足を運んで、現場で働く方々と話すことがなければ生まれなかった発想だと思います。医療事務の方々は複数人がチームを組んで働いているため、全員に同じ情報が共有されることがとても重要なのだといいます。

――たとえわずかな修正だとしても、業務を深く理解したうえで実装した機能ならば、現場の役に立つという好例ですね。

とはいえ、まあ今の自分たちならば絶対にやりません(笑)。もっと良い実装方法を考えると思います。今回は過去の恥ずかしい実装を暴露する覚悟できているので、話しています。


他の例では、医療事務と看護師、医師それぞれが患者の一覧画面を利用する際に、最適な並び順が異なることも、フィードバックをもとに学びました。医療事務は患者の予約を受け付ける役割を担うため、一覧画面では患者データが時系列順に並んでいるのが望ましいです。

しかし、看護師は自分が担当する医療業務の準備をする必要があるため、診療科や症状ごとに患者を見たい。そして医者は、自分のいる診察室にどのような患者が入ってくるかがわかればいい。つまり、ひとくちに医療関係者といっても、携わる業務内容に応じてシステムの表示内容を変える必要があります。

――院内オペレーションの開発秘話には、かなりの学びがありました。まとめとして、医療の現場をテクノロジーで改善する醍醐味について教えてください。

医療領域に限らず、現場の業務オペレーションを改善するシステムを作ることは、基本的にはハードシングスだらけです。うまくいかないことや苦しいことが山ほどあり、ネットで完結するサービスを開発することとはまた違った特徴があると思います。

しかし大変さ以上に、自分たちの開発したシステムが世の中の一部分をDX化しているという、やりがいを直接感じることができます。それに、頭をフル回転させて業務に取り組む必要があるため、全力で仕事をしたい人にとっては本当に挑戦しがいのある環境です。

<Linc'wellはともに働く仲間を募集しています>
・EM(VPoE候補)
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・SRE/インフラエンジニア
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・フロントエンドエンジニア(React)
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