豪州でホームレス生活から新規事業へ。
お久しぶりです!人事部の土海です!
今回は、青山学院大学3年生でパワーリフティング部。休学してオーストラリアへ渡り、海外で新規店舗立ち上げを経験。現在はLimeで店舗開発と新規事業の両方を担う中川くんにインタビューしました。
中川くんのリアルをお届けします。
「なんとなく終わる人生は嫌だった」
——まずは自己紹介をお願いします。
中川:青山学院大学3年生で、入社5ヶ月目です。出身は愛知のかなり田舎です。
実は最初、岐阜大学の工学部に入っていて、そのあと仮面浪人して入り直しました。
——なぜそこまでして環境を変えようと?
中川:このままなんとなくで終わりたくなかったんです。
田舎で育って、刺激が少ない環境だったからこそ、「環境を変えて勝負したい」気持ちがずっとありました。東京に行けば、挑戦してる人やすごい人に直接会えるし、自分もその中で試せると思ったんですよね。
自分はできる気がする。でも、それを証明できていない。その状態がずっと引っかかっていて。
だから、環境を変えて逃げ道をなくしたかった。仮面浪人したのも、その延長です。
何か「死ぬほど頑張った」って言える経験がないと、自分を信用できないと思ったんです。
「オーストラリアでホームレスに」
——休学してオーストラリアに行ったのも、その延長ですか?
中川:そうですね。休学して1年間行きました。
「英語を話せるようになりたい」っていうのもあるんですけど、それ以上に、環境を変えて自分を試したかったのが大きいです。日本だと、なんとなく逃げ道があるじゃないですか。家もあるし、友達もいるし、最悪なんとかなる。でも海外だと、できないと本当に詰みます。そこに身を置いたら、変われるかなって思いました。
——収入源は、どうしていたのですか?
向こうで探しました。職を探して、100店舗以上にレジュメを配りました。とりあえず数打たないと始まらないと思いました。
最初に決まったカフェバイトは、正直、理想と現実の差がすごかったです。接客はできるつもりだったんですけど、英語が追いつかなくて、指示も聞き取れないし、お客さんの会話も拾えない。結果、すぐクビになりました。
——そこからどうしたんですか?
中川:そこからが一番きつかったです。住む場所も安定しなくなって、友達の家を転々とする生活になりました。
毎日2ドルのフランスパンで食いつないで、ホームレス向けの無料の食事施設にも行きました。たぶん人生で一番、「明日どうしよう」を考えた時期だったと思います。
でも、その時も「終わった」とは思わなかったです。落ち込むより先に、やることが決まってたというか。なぜか自分の求めていた環境が手に入った気がします。
やることはシンプルで、仕事を探す、人に話しかける、それだけでした。
「海外で店長ポジションを任される」
——そこから日本食レストランの立ち上げに?
中川:日本食レストランのオーナーと出会って、日本でスタバのバイトリーダーをしていた経験を評価してもらい、新規店舗の立ち上げを任されました。店長ポジションで、8ヶ月くらいです。
——具体的にはどんなことを?
中川:スタッフは15人ほどでした。東南アジア出身のメンバーが多かったです。
動線設計、マニュアル作成、在庫管理、キャンペーン設計まで全部やりました。仕入れも英語です。
中国人が多いエリアだったので、中国人向けSNSも立ち上げました。ラーメンを1ドルで出したこともあります。行列ができました。(笑)
——大成功じゃないですか!
中川:認知は取れました。でも、人が来すぎて冷めたラーメンを出してしまったこともあって、満足度は下がったと思います。
集客だけじゃダメで、満足度まで追求しないといけない。それを学びました。
「英語は可能性を広げるツール」
——英語はどうやって伸ばしたんですか?
中川:正直、伸びたのは「勉強したから」っていうより、逃げ道を消して「使わざるを得ない状況」にしたからです。
最初は、ある程度インプットを増やすために、日本人と関わるのをやめました。親ともほとんど連絡を取らず、日本語を使わない環境を作りました。シェアハウスも外国人が多いところにして、とにかく英語しか飛んでこない状態にしました。
YouTubeもNetflixも全部英語です。最初は何言ってるかほぼ分からないんですけど、毎日浴びてると耳だけは慣れてくるんですよね。リスニングはそこで伸びました。
——実際に「話せる」ようになったのはいつ頃でした?
中川:一番伸びたのは、店長ポジションを任された時期です。
仕事になると、「伝わらない」で終われないじゃないですか。スタッフに指示出すのも、採用っぽい面談するのも、仕入れや発注のやり取りをするのも全部英語で。間違えたらそのまま売上とかオペレーションに直撃するので、強制的にアウトプットが増えました。
——そこまでして英語をやる理由は?
中川:世界中に友達を作りたいからです。
日本は1億人。でも世界は80億人。英語が話せれば40億人と話せるって言われてるじゃないですか。単純に、話せる相手が増えるってめちゃくちゃ強いと思ってます。
将来ビジネスをするにしても、友達を作るにしても、選択肢が増えます。
英語って「勉強科目」じゃなくて、可能性を増やすためのツールだと思ってます。
「限界を知りたい|パワーリフティングという挑戦」
——ちなみに、部活もやっているそうですね?
中川:パワーリフティング部に入っています。
ベンチ115kg、スクワット175kg、デッドリフト180kg。トータル470kgです。全国大会出場の基準くらいですね。
——なぜそこまでやるんですか?
中川:理由はシンプルで、「自分の限界を知りたい」からです。
オーストラリアに行ったとき、ビーチにいる男たちが本当にデカくて、単純に、「男として負けた」って思いました。
その時に、「じゃあ自分はどこまでいけるんだろう」って考えたんです。
筋トレって、やった分だけ数字で返ってくる。逃げられないし、言い訳もできない。
それが好きなんですよね。
限界まで追い込む感覚は、仕事とも似ていると思っていて、「もう無理かも」ってところから一歩踏み込めるかどうかだと思っています。
「Limeでの挑戦」
——Limeではどんな業務を担当していますか?
中川:最初は店舗開発のPMでした。加盟店オーナーとの初回面談から、不動産の選定、内装の調整、備品設置、Hotpepperの準備まで、オープンまで一気通貫で伴走する役割です。
関わる人も多くて、不動産会社さん、管理会社さん、内装業者さん、加盟店さん、社内のSVや本部メンバーまで、とにかく調整する相手が増えるんですよね。
正直、最初は大変でした。でも、その分「社会人としての基礎」はかなり鍛えられたと思います。連絡の仕方ひとつでも、相手によって言い方を変える必要があるし、期限と優先順位を間違えるとすぐに詰まります。そういう当たり前を、短期間で叩き込まれました。
——今は新規事業にも関わっているんですよね?
中川:はい。4ヶ月目から新規事業にも関わっています。今はD2C事業部のTikTok広告の数値分析と、次に出すクリエイティブの方向性を決めるところも担当しています。店舗開発と半々でやってる感じですね。
自分の中では「将来の可能性を増やしたい」っていう目標がずっとあって。だから、店舗開発で「現場とオペレーション」を学びつつ、新規事業で「0→1で数字を伸ばす力」も身につけられているのは、かなり実感があります。
将来的には自分でも経営をしてみたい気持ちがあるので、いまは「目の前の仕事を通して、経営の型を学んでいる」感覚に近いかもしれません。
「Limeの魅力と、これから」
——中川くんから見たLimeの魅力は?
中川:バリューがちゃんと浸透しているところだと思います。
「Top Speed」とか「One Team」が、掛け声じゃなくて、普段の会話で自然に出てくるんですよね。あれって地味に強いなと思います。頑張った分はちゃんと見てもらえるし、成果だけじゃなくて、詰まってるところも見てくれる。全体報告会とかも、部署ごとに熱量が上がっていく感じがあって面白いです。
——これから中川くんが挑戦したいことは?
中川:海外展開を行っていきたいと思っています。
Limeって、2028年までに100億を狙っているじゃないですか。そこを本気で取りにいくなら、国内だけを見ていても届かない気がしていて。もちろん国内でやることは山ほどあるんですけど、目線を世界に広げた方が、スケールもスピードも変わると思っています。
オーストラリアにいたときも感じたんですけど、英語が使えるだけで繋がれる人が一気に増えるし、選択肢が増えます。だからこそ自分は、海外を前提に動ける状態を作っておきたいです。Limeとしても、海外展開をしていくと、目標に近づくと思っています。
「挑戦したい人へ」
——最後に、Limeに興味を持っている人へ。
中川:学生だから無理とか、時間がないとか、あんまり関係ないです。
結局は「やる」って決めて、毎日積むだけです。
Limeは、動いた分だけ任されるし、任された分だけ成長が早いです。
僕もPMから新規事業まで触らせてもらって、将来の選択肢が増えてる実感があります。
2028年100億って、口で言うのは簡単ですけど、本気でそこを取りにいくなら世界も見ないと届かない。僕はそこを一緒に狙える人と働きたいです。