「好き」、「やってみたい」で選んだキャリア。未経験から空間デザイナーに
朝日 千佳子 さん
デジタル・ディレクション事業部 デザイナー
—まず、今回のテーマである事業部移籍について聞かせてください。
はい、私はもともとプランニング事業部に所属していて、1年ほどプランナーの仕事をした後、デジタル・ディレクション事業部に移籍しました。今はデザイナーとして、主にWebデザインやロゴデザイン、グラフィック制作などを担当しています。
結果的には、最近「顔色がいい」とか「生き生きしている」と言われることが増えて、周囲のリアクションで好転を感じるのと同時に、移籍前は本当に元気がなかったんだなと(笑)
ただ、移籍についてはすぐに前向きになれたわけではなかったんです。顔色の悪さを見かねた村山さんにたびたび提案をいただくも、受け入れられずにいました。
最後の方は追い詰められることで視野が狭くなり、そういった提案をもらっていたことをすっかり思い出せなくなっていました。そして「今週精一杯やって何も改善しなかったら辞めよう」とまで思ってしまっていたんです。
それをも察した村山さんが急遽1on1の予定を組んでくれて。翌日から移籍が決まりました。 後から聞くと村山さん以外のメンバーにもかなり心配されていたみたいで……。明らかに余裕がない様子だったと。危ない状態だったと思います。
—かなり大きな転機だったんですね。きのもと商会に入社する前はどのような仕事をしていたんですか。
前職では製本工場でライン作業をしていました。決められた作業を、決められた時間までやる仕事です。もちろん真面目に働いてはいたのですが、だんだんと違和感を持つようになっていきました。
一方で、昔から絵を描くのが好きで、趣味ではずっと創作をしていました。
それを知っている友人に「朝日さん、ちゃんとデザインを勉強したら絶対楽しいよ」と言われたことがあったんです。ずっと独学だったので、デザインを学ぶということに興味はありました。でも、仕事もあるし、自分には両立は難しそうだな、と思ってなかなか踏み切れずにいたんです。
▲ 海洋生物も大好き
—そこからデザインを学ぶことになるまでに、何かきっかけがあったのですか?
いつも通り仕事をしていた日の午前中、先輩のある一言でふっと気持ちが切れてしまって、その日の昼に事務所へ行って「辞めます」と伝えてしまいました。今振り返ると感情で動きすぎだったな、とは思いますが、それが最初の転機でしたね。
仕事がブレーキをかけていたので、それがなくなったとなればデザインを学ばない理由はない! ということでデジタルハリウッドの社会人コースに通うことにしました。
勧めてくれた友人が言っていた通り、すごく楽しかったです! 一人でやっていたときには出会えないような作品をたくさん見ることができたし、自分でもいろいろつくる経験ができました。
「クリエイターズオーディション」という発表の場があって、それに出たのがきのもと商会との出会いにつながりました。就活イベントのような場で、企業の方も見にくるイベントです。
推薦または立候補で参加できるんですが、当時は今よりもさらに人前に出ることに消極的だったので、「気になるけど自分から立候補する自信はないな……。」と思っていたところに推薦の話をいただいて、嬉しくも恐縮しながら参加して。
そこで、デジタル・ディレクション事業部にスカウトしていただきました。
その時初めて、それまではあくまでも趣味だった絵やものづくりを「仕事にする」ことを真剣に考えました。
▲ 当時のポートフォリオの一部
—デジタル・ディレクション事業部にスカウトされてからプランニング事業部へ入社するまで、どんな経緯があったのですか?
入社前のカジュアル面談やオープンオフィスでいろんな方と話す中で、「プランニングでもいけるんじゃない?」「デジタル・ディレクションとプランニング、選べるとしたらどうする?」という話になったんです。
建築も内装も、まったく知識はありませんでした。でも、趣味の創作の中で、オリジナルキャラクターの家やお店を考えることはたまにあって。このキャラクターがどういう暮らしをして、どういう空間にいたらより魅力が伝わるだろう、といったことを考えるのは好きでした。
ものづくりを仕事にできるかも、ということにテンションが上がっていたのと、現実の世界でそういったことを仕事にできるなら絶対おもしろい! と思って、「できるならやってみたい!」、ほとんどその気持ちだけでプランニング事業部を志望しました。
あんなに「やりたい」で選んだ道のはずなのに……。「やりたい」が自分を苦しめた
—プランニング事業部の仕事はどうでしたか?
それはもう大変で。あんなに「やりたい」と思って選んだ道のはずなのに、どんどん苦しくなっていきました。
面接のときに、マネージャーである弦太さんに「大変だけどいいの?」「絶対大変だよ」と、めちゃくちゃ脅されてはいたんですけど、当時はその大変さを想像することすらできていなかったんですよね。
なので、よく言う入社前後のギャップっていうものとは違います。何か違うものを想像していて「思ってたのと違う!」ということではなく、ただただ知らない世界を知ったというか……。
まず、クライアントと話す、考える、提案する、自分で自分の仕事に価値をつける、MTGで自分の意見を言う、それをみんなが聞いている……、初めての経験の連続です。前職の仕事とは何もかもが違いました。それが刺激的でおもしろく感じる反面、ハードルの高さやプレッシャーも大きかったです。
そして何よりも、関わる人の多さと複数のプロジェクトが同時進行することですね。
プランニング事業部はプロジェクトオーナー制なので、自分がオーナーになった案件の責任は自分にあります。ひとつのプロジェクトの中でも、社内メンバー、クライアント、メーカーさんなど、さまざまな人が関わります。クライアントとビル側の間に立つこともあって、調整が必要な場面が多くありました。
しかも、それが複数のプロジェクトで同時に進むので、最初は本当にうまくいかなくって。
そんな様子を村山さんがすごく気にかけてくださり、何度か移籍の話はいただいていたんですが、「ここで移籍したら自分の空間デザイナーとしての道は永遠に閉ざされる」と、極端な思考になって受け入れられずにいました。
最後の方は視野も狭くなり、「迷惑しかかけていない」「自分はこのままずっとできないままなんじゃないか」と思って退職の決意をしかけていました。物事を正しく捉えられておらず、思考も凝り固まっていましたね。
「変わらなきゃ」から、「変わっていけばいい」へ。考え方がほどけて見えた選択
—それまでは受け入れられなかった移籍について、そのタイミングで受け入れられたのはどうしてだったと思いますか?
もともと「変わりたい」「このままの自分じゃダメだ」という意識がかなり強いんです。
当時は特にその思いが強くて、「変わるか、変われないか」の二択しかないように感じていましたし、変われないのは努力が足りないからだ、と自分を責めすぎていたんだと思います。
そんな中で、いくつかの出来事が重なって、少しずつ考えが変わっていきました。
前職を退職したあと、ハローワークに通っていたときに、職員の方から「そのままでいい」と言われたことがあって。その言葉を聞いたとき、張り詰めていた気持ちが少し緩んだ感覚があったのを思い出すことがあったり、契機となった村山さんとの1on1で「全部一気に変わらなくていい」と気付いたりで、今はできなくても、少しずつ変わっていけばいいんだ、と考えられるようになりました。
変わりたい気持ちは今もずっとありますが、「今の自分を全部否定しなくてもいい」と思える瞬間が少しずつ増えていって、その延長で移籍も受け入れられたんじゃないかなと思います。
▲ DD事業部の鳥羽さんと
—移籍してから、どんな変化がありましたか?
かなり急な移籍だったので、引き継ぎが追いつかず、しばらくは両事業部の仕事を並行してやっていました。かなりバタバタで「なんか余計大変になってない?」と思ってました(笑)
半年経った今はだんだん落ち着いてきて、今はWebデザイン、ロゴデザイン、グラフィック制作が主な業務です。もともと慣れ親しんでいた分野であるというのと、プロジェクトあたりの関係者が比較的少ないというので、プレッシャーは少し減りましたね。
マネージャーの石倉さんにタスク管理のアドバイスをもらって、仕事の進め方も少しずつ整ってきました。
仕事の進め方が整ってくるとメンタルも整ってきて。
以前は余裕のなさから自己否定的になり、オフィスにいても「自分なんかが雑談してちゃダメでしょ」と思い、ほとんど喋らずに過ごしてしまっていたんですが、最近はだいぶ改善して、喋りすぎてしまうこともあるくらいです。
こう言ってはなんですが、あまり人と喋りたくない気分のときでも、あえて誰かを誘ってランチに行くことで、気持ちがほぐれたり、アイデアが出やすくなったりすることも実感しています。
▲ プライベートではグループ展を開催
—プランニング事業部での経験が生きている実感もありますか?
あります! 散々ではありましたが、最初にプランニング事業部に入れたのはよかったと思っています。たくさんの人を巻き込んで仕事を進める経験ができたことで、世界が広がりました。クライアントワークの枠組みを知れたことも活きています。
今はプランニングの案件で、壁面グラフィックの制作や提案資料のデザインなどを手伝うこともあります。プランニングにいた頃より、提案の幅を広げる動きができていて、我ながらいい連携だなと思っています。
むしろ、プランニングにいたときより役に立てているかも……(笑)
—これから先、挑戦したいことはありますか?
最終的には、全部できるようになりたいですね。
私はとにかくデザインが好きで、「やりたい」を通り越して、ほとんど自分と一体化しているというか……。デザインをしている時間が一番自分らしくいられると感じています。 そして、そのデザインで人をワクワクさせたいんです。そのために、たとえばサービスの顔になるロゴから、体験を届けるWebサイト、そのサービスを提供する場である空間まで、すべてをつなげてデザインできるようになれたらすごく楽しいだろうなと思っています。
私は昔から、やりたい方向に感情で転がっていく癖があって、前職の退職も、入社も、移籍も、振り返るとどれもかなり突然でした(笑) そのたびに新しい経験があって、できることも少しずつ広がっていきました。
一方で、今回はやりたいことをやりたいがゆえに無理をしてしまい、自分を追い込みすぎてしまうこともあるのだと気づきました。
つい一直線のキャリアを目指したくなりますが、少し遠回りしたからこそ見えるものもあるし、考え方がひとつで広がる可能性もあると感じています。
移籍の話をもらったときは、受け入れられる気持ちがなかったのもそうですが、前例がないことにも不安がありました。もしあのとき、こういう記事があったらもう少し早く決断できたかもしれません。
環境を変えることは必ずしも何かを諦めることではなく、可能性を広げる選択でもあります。
同じように悩んでいる方にとって、この記事が良いきっかけになればうれしいです!