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26歳で外資系コンサルからカタリバへ転職したわけ(前編)#NEW FACE

カタリバには多様なバックグラウンドを持った人材が毎年転職してきている。その多くは20代・30代。
アダチベースの職員・野倉優紀は、もともとは外資系コンサルティング会社のコンサルタント。ビジネスの第一線で活躍していた彼が、なぜカタリバを選んだのか。外資系コンサルからNPOへ。その軌跡を辿ってみたい。

ー小学生の頃に社会問題に関心を持つきっかけがあったと聞きました。
具体的にはどのようなことが?

ぼくは新潟出身で、全校生徒60人くらいの小学校に通っていました。比較的勉強も運動も好きだったんですが、同級生、特に女子とのコミュニケーションだけはどうも苦手で。うまく話せない自分にモヤモヤしながら過ごしていました。

周りを見渡すと勉強や運動は苦手でも、コミュニケーション力が非常に高かったり、人前で話すのがズバ抜けて上手だったりする同級生がいるんです。でも、学校という枠のなかでは、勉強や運動ができないと成績に反映されない。それが当時の学校教育における評価軸の少なさに違和感を覚えたきっかけかもしれません。

ー中学、高校はどのように過ごしていたのでしょうか?

中学時代は放送委員会に入ったり、部活のキャプテンを務めたり、生徒会長も経験しました。その甲斐もあり、人前で話すことへの苦手意識は徐々に薄れていきました。

実家が建築業を営んでいるので「将来的に家業を継ぐのかな」なんてことも考えつつ、選択肢を狭めないように普通科の高校へ進学。ただ、いざ大学進学を前にすると小学校時代に覚えた違和感を思い出すようになって。教育の観点から、『人それぞれの良さ』を伸ばせるようなことがしたいと考えるようになっていったんです。もともと英語が好きだったこともあり、英語の教員になるべく大学進学しました。



ー教員を志していた若者が、外資系コンサルに
どういった心境の変化があったんですか?

ずっと教員になりたい気持ちは持ち続けていました。ただ、就職活動をしないまま教員になると、社会に出るタイミングがなくなってしまうんですよね。そこで、特に人材業界や教育業界を中心に活動していたんですが、話を聞くにつれてビジネスのおもしろさにも惹かれるようになって……
最終的にコンサル業界を志望した決め手は「短期間で企業の経営層と仕事ができる力を求められる環境で、多業種にて仕事ができそうだったから」です。ビジネスの基礎知識や対人コミュニケーション、論理的思考力、課題解決力を網羅的に習得できそうなのも魅力でした。

ー数年後に教師になることを前提に就職した、と

そうですね。「いつか教師になりたい」という志を燃やしながら、コンサルタントとして働いていました。

具体的な仕事内容は、不動産システムのコンサルティングです。裁量が委ねられ、膨大な金額が動くプロジェクトでした。それこそ、忙しいときは12連勤なんてこともありました(笑)



ーでは、教育業界へ飛び込むはずだった野倉さんはなぜカタリバに?

転機となったのは、大学時代、友人に誘われて参加した社会問題の解決に関心のある学生向けのスタディキャンプでした。舞台は東日本大震災から2年後の福島。とくに心に残っているのは、移動型の保育で子どもたちに遊ぶ機会をつくっている社会起業家との出会いです。自ら現地の課題を抽出し、リーダーシップを持って解決策を推進している姿はシンプルにカッコ良かった。


いざ教育業界への転職を考えたとき、「5年後、10年後に必要とされるであろう教育」に関わることへの興味が強まってきていたこともあり、ベンチャーのようなカルチャー・規模感で、先進的な取り組みに挑戦していているカタリバに行き着きました。

大きな決め手となったのは、カタリバの実践型探究学習プログラムであるマイプロジェクトです。小学校時代に抱えていたモヤモヤと、カチッと重なったような気がしましたね。

(後半に続く…)
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