シリーズでお届けしている『私がカラダノートで働く理由』。
6人目は、代表の佐藤とは12年の付き合い。カラダノートメンバーのお姉さん、長澤です。
出身 :岩手県花巻市
家族構成 :一人っ子育ち。現在は旦那さんと二人暮らし
好物 :お酒・ヨガ・筋トレ
ストレングスファインダー:個別化
横須賀の陸の孤島にあるガラケーの基地局でテスターをしていたら、人と関わりたくなって総務に転職しました。
まだ携帯がパカパカのガラケーだった時代、横須賀にある基地局で機械相手にテスターをしていました。4年くらい機械と仕事したら、人と働きたくなってフラクタリスト(現ユナイテッド)で総務として入社しました。
入社直後に紹介されたのが、カラダノート代表の佐藤。当時大学2年生でインターンをしていました。(当時は竜也くんと呼んでいた。)
当時の私は、「リンギ?ガイチュウ?なにそれ虫?」のひどい状態(笑)だったけど、上場準備やオフィスの移転、上場後の株主対応、衛生管理など、人事総務として一通り以上のことも経験しました。
そんな中、竜也くんは事業を立ち上げアッという間に事業部長に。その後、間もなく起業するといって退職していきました。
若いのにすごい人だなーと思ったことを思い出しました笑
たまにランチしたり、ソシャゲのバグ連絡したりしているうちに入社してました。笑
彼が退職したあとも、私は2年くらい前職に勤めていました。
後輩力の高かった竜也くんは、近くに来た時には時折ランチに誘ってくれて、お互いの近況報告をしあっていました。
当時、世の中はソシャゲが流行り始めたころ、カラダノート(当時社名はプラスアール)も新しい健康をテーマにしたソーシャルゲーム「島のお医者さん」をリリース。ガラケーのゲームが好きで、竜也くんの会社のゲームというのもあってプレイしていました。(たまにバグ見つけて連絡したりすることもあったり笑)
改めてランチに行った際に、誘われて(なんて言われたか、もう覚えてないですが笑)。
ゲームが好きだったことと、健康に関わる仕事もしたかったこともあり、当時まだ5人だったカラダノートに入社しました。
入社当時、メンバー5名。職種とか関係なく、目の前のタスクを一つずつ潰していくことに必死だった。
入社してすぐはユーザーサポートを担当していましたが、アルバイトメンバーを入れても、全員でたった5名の会社。新規アプリの中身のテキスト作ったり、ディレクションしたり、何でも屋でした。それから徐々に新しいメンバーが入ったりして、少しずつ組織体制が整っていったように思います。
アプリの立ち上げと同時に健康をテーマにした「カラダノートウェブ」立ち上げに携わっていました。そこから今のコンテンツ事業部の前身の組織体系になり、取りまとめる形で事業部長になりました。事業部長になった直後に外部のサイトの大きな問題などがあり、いろんなことがひっくり返るどんでん返しも経験し、現在運営している「カラダノートママ部」は記事数0、文字通りゼロからのスタートでした。直近少しずつ記事数も拡充でき落ち着いてきたこともあり、ようやく攻めの姿勢に転じられるようになってきました。
コンテンツ事業部のいいところは、やるか!って言ったらすぐやっちゃうところ。いい意味でパワープレイ笑。ママたちの伴走者であること、コミュニティ作りなど、やること盛りだくさんだけど今が一番楽しいかも。
先日、授乳ノートの中にママたちの深夜のかけこみ部屋を拡充した際も、"やってみよう"の精神から端を発しています。もともと情報を届けるばかりではなくて、もっとユーザーとコミュニケーションとりたいね!という想いもあり、テストマーケの意味合いでインスタライブをはじめました。
実際にインスタライブでママたちの声を聞いていると「夜間の授乳って大変だよね…」ってことが出てきて…だからまずは体当たりで…深夜から朝方にかけてチームメンバーと時間交代制で自宅からライブ配信したりして(笑)
やるとなったら、わりと強引に動けちゃうところがコンテンツチームのいいところだと思ってます。
夜間のライブ配信はママたちの反応もすごく良くて。でも朝方までの配信を私たちがやり続けるのはの体が持たないから…(笑)、インスタライブではなく、現行の「授乳ノート」の中に機能を持たせました。
こんな風にママたちに寄り添って、強引にでも色々試してみて…ちょっと遠回りするときもあるけれど、メンバーと共にサービスを形にしていく、今が一番楽しいです。
振り返ると、機械相手に仕事をして以降、人と関わって仕事をすることから、人と一緒にサービスを作り上げて行くことに面白さが変わっていき、さらに今は人との繋がりをベースに事業を展開して行くことに面白さを感じています。余すことなく、全部を楽しんでいきたいですね!