GEのジャック・ウェルチはかつて、「人に自信を持たせることが、私にできる何よりも重要なことだ。自信さえ持てば、人は行動を起こすからである」と語った。
部下を信頼し、仕事を任せる。そして自信を与える。
経営者として当たり前のことかもしれないが、決して簡単ではない。自ら会社を立ち上げ、自分に厳しい創業社長なら、なおのことだろう。
ここに、それを体現しながら、中小企業の採用課題解決に奔走する24歳がいる。イチミ代表取締役の杉浦日向子だ。ビジネスSNS「Wantedly」の公式パートナーとして同社は、企業約90社の採用を支援している。
彼女がなぜ大学時代に起業し、経営者になる道を選んだのか。理由を紐解いていくと、与え・与えられる信頼と自信のループが見えてきた。
キラキラの向こう側、裏方仕事で目覚めたベンチャー志向
イチミは2019年11月、福祉事業などを展開するLOGZ(現・LOGZGROUP)の子会社として産声を上げた。3期目の現在は、中小企業を中心に採用コンサルティングを実施。顧客の9割以上が、同社サービスの導入により採用を成功させている。
杉浦が経営者としての才能の片鱗を覗かせたのは、立教大学2年の時。就職活動で使えるネタを作るため、大学生が主体となり開催される日本最大の学外総合文化祭の運営に参加することになったのだ。
しかし杉浦が当初思い描いていた煌びやかなショーのイメージとは裏腹に、運営の仕事はモデル集めからチケット販売まで、地味でハードな作業の連続だった。だが彼女はそんな裏方の仕事に面白さを見出していく。
杉浦は、小まめにモデル勧誘を目的としたInstagramのダイレクトメール配信レポートに目を通していた。そして、目標達成に向け、配信時間帯やユーザー属性を調整して返信率を引き上げる工夫をしたり、学生メンバーのモチベーションを保つため、食事会や企画会議を主催したりと、試行錯誤を重ねた。
「中学・高校と運動部で、決められた練習メニューをこなすのがすごくストレスでした。でもイベント運営では自分が考えたことを実行できたので、納得感がありました。
元々は関西で有名なイベントだったんですが、東京は当時まだ立ち上げ期でイチから仲間とイベントを作り上げていくことが楽しかったんです。事業の形そのものを作っていけるベンチャーで働きたいと考えるようになりました」
3年生になり、就職活動を始めた杉浦は、合同説明会で運命の出会いを果たす。LOGZ代表取締役の古徳一暁に声を掛けられたのだ。
他の企業担当者が一方的に会社説明をしてくる中、古徳は新規事業をやりたいという杉浦の声に耳を傾け、相談に乗ったという。
そして、「予算をあげる。責任は持つから、新規事業をやってみなよ」そう杉浦に提案した。
「あり得ないですよね。でも、古徳は人の強みを見抜くのが上手い人間です。彼と話しているうちに、私ってどういう人なんだろう、もっと知りたいと興味が湧いて。私に任せると言ってくれるなら、と一歩踏み出すことにしました」
自分が決断したことを正解にする。生意気インターンが選んだ社長の道
1週間後には同社でインターン第一号として働き始めた杉浦。インターン採用や、障がいのある方の就労移行支援の拠点立ち上げなどを任され、実績を積み上げていく。
時に杉浦が学生だったため役所への申請が通らず、新規事業が頓挫する状況にも陥ったこともある。だがこうした困難を、彼女は持ち前の才気と豪胆さで乗り越え続けた。その結果、程なくエリアマネージャーとして活躍するようになる。
数字から課題を発見する。改善策を提案し、人に動いてもらう。そんな自らの強みを見出した杉浦だが、当時の自分はかなり生意気だったと振り返る。
「責任ある仕事を与えてもらい、完全に“勘違い”していました。就労移行支援事業では通所率や新規顧客数など、指標が多くて、収益性を追い求めながらの運営は難易度が高いんです。私を支えながら当然のように目標を達成する社員の皆さんの凄さに、後に経営者になってから気付きました」
しかし当時の杉浦は、福祉を手掛けるLOGZで卒業後も働くイメージを持てず、就職活動を継続。業界を絞らず、同社のように社歴や年齢に関係なく新規事業に携われる小規模なベンチャー企業を受けていったところ、最終面接で落とされる日々が続いた。
「インターンで成果を出していたので、どこでもやっていける自信があったんです。でも企業からすればドングリの背比べで、面接官の目には私だけが抜きん出ているとは映らなかったのだと思います」
ようやく内定した二社のうち、一社で内定者研修を受け始めた杉浦だったが、そこに古徳から新しく立ち上げる子会社の経営を任せたいとオファーが届く。ゼロから会社を作っていけるチャンスを手にした喜びと、急に経営者になることへの不安の間で揺れ動く彼女の背中を押したのは、母親だった。
中学校で養護教諭として働く母親は、女手一つで娘二人を育ててきた。非行や不登校など、様々な問題を抱えた生徒をケアすることも多い仕事について、母はいつも嬉しそうに娘たちに話をした。
杉浦はそんな母の姿を目の当たりにして、仕事とは楽しいものだと理解するようになっていったという。
そして母はどんな時も、杉浦がやりたいということを否定せずに受け止めた。時折、知恵や助言を与えながら、「日向子ならできるよ」と言い、応援してくれたという。
「インターンもイベントも、漠然と自分ならできると信じて取り組んできました。それができたのは、幼い頃から母が私を信頼して色々なことを任せ、自信を育んできてくれたおかげです。
自分で決断し、決めたことを正解にできる人になりたい。それで誰かに自信を与えられる存在になりたいんです。そのためには、一社員ではなく社長になることが近道でした」
こうしてインターン上がりのCEO、杉浦日向子が誕生した。
「たとえ若くても経営者になったからには、人の上に立つ者としてふさわしい振る舞いをしないといけない。私自身が成長する必要があり、そこに責任があると当時も今も考えています」
そう語る彼女の真剣な眼差しが印象的だった。
若さを武器にしない、経験を武器にする
杉浦は現在もイチミの取締役社長として、戦略立案から採用まで幅広い役割を担う。全員20代、インターンが主力の組織には立場に関係なく意見し、共に事業を成長させていく文化が根付く。顧客の顔ぶれは八百屋から金融業まで、実に多彩だ。
杉浦はかつて自身の就職活動やインターンの経験から、日本の採用活動に課題を感じたという。
「自社の魅力や想いを伝えきれていない企業が多いし、業界や企業を理解できていない学生も多い。だからファーストキャリアで躓く人が次々と生まれてくるんですよね」
杉浦は企業と学生、相互の理解を深めて採用のミスマッチを減らし、両者にWin-Winの関係を築いていきたいと熱を込めて語る。
「Wantedlyのメインユーザーは若年層で、『映える』『イケてる』という世界観抜きには彼らにメッセージが届けられません。企業が私たちに求めるのは、粗くてもいいからターゲット視点でその企業について発信し、ターゲットがそこで働くリアルなイメージを持てるようにブランディングしていくことです。これからも若い視点で、率直に提案する姿勢を貫いていきたいです」
今後はWantedlyを活用した採用支援で唯一無二の存在を目指すというイチミ。杉浦はメンバーがより自由に挑戦できる環境を整え、彼らが卒業後も市場価値の高い人材として活躍できるように育てていきたいと展望を示した。
最後に、少し意地悪な質問をぶつけてみた。
「若さが武器になるのは、今だけでは?」
すると彼女は神妙に頷き、将来への思いを吐露した。
「今のうちにもっと新しいチャレンジをして、若さが通じなくなった時にも必要とされる存在でありたいです。そして社会にインパクトを与えられる人間になりたい。早くインターンCEOの肩書を脱ぎ捨てて、経営者としての新たな自分を見つけたいと強く思います」
若くして事業を立ち上げ軌道に載せた杉浦は今、もがき、焦っていた。しかし彼女はきっとまた一回りも二回りも大きくなり、信頼を勝ち取っていく。そして自分がこれまでしてもらったように、今度は彼女が周囲にチャンスと自信を与えていくだろう。
好循環は、彼女が関わる人たちを通して指数関数的に波及していくはずだ。10年後、イチミの周りにどんな景色が広がっているのか、楽しみで仕方ない。
Forbes CAREER 2021年12月23日 配信記事より転載
制作・Forbes CAREER 編集部
文・大柏真佑実 写真・小田駿一