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教育って、余白と試行錯誤する場が大事っていう件

試行錯誤できる場所(余白)って大事すよね

「自律した社員ってどうやったら育つのかね。」

ちょくちょく、そんなご相談をいただくことがあるんですよ。

「自分に絶望する瞬間を、何度も経験してもらうことなんじゃないすかね」とか、
返してしまうのだけれど、本当にどうやったら育つんでしょうね。


先日、ご縁があって大学教育に関わる方と「教育ってなんだろうね」っていうお話になった。

実は一部の人しか知らない事実なのだけど、僕自身、教育学部で初等教育を専攻していた。

もともと、「世の中に面白い人が増えればいいなぁ」という軽い気持ちなんだけどね。


そんなこんなで、全く教育学部的なものからは遠ざかっているのだけれど、

教育って本当になんだろうなぁって考える機会が増えた。

僕が最近ぼんやり考えている答えは、「試行錯誤できる場所(余白)を作り出すこと」。

「理不尽さを知る場所」かつ「挫折を乗り越え方を知る場所」であるべきなのではないかなぁと。


だって、、、


世の中は、すごい人たちばかり。でも、生きねば!

社会に出ると、驚くほどの"理不尽さパラダイス"ですよね。

それは何かと言うと、「実力」「素質」「背景」など、
もう本当にどうしようもないことが多い。

僕が身を置く、ブランディングとかコミュニケーションに関わる人たちって、
本当にバケモノみたいにすごい人たちばかりなんすよね。

知識量、経験、思考能力、バイタリティ、、、どれをとっても圧倒的な人たちがたくさん。

あーこりゃもう圧倒的に理不尽。


でも、生きなきゃいけない。

だからこそ、自分が生きやすくなる環境づくりができる、
試行錯誤する力が必要になってくるのではないでしょうか。

それを学ぶのが教育が受けられる年齢だったら"学校"、
社会人であれば"若手時代"なんだろうなと。

でもね、、、
学ぶためには、失敗しても、もがいても、逃げ出しても、
立ち上がるためのヒントを与えられる人的環境が必要なんですよね。
学ぶ側の忍耐も必要だけど、圧倒的に見守る側の忍耐が試されるだろうなぁ。
(僕はどちらも無理なんで、できる人たちは本当にすごい)

これによって、
学ぶ側は、先人たちの作った社会での生き方を、
教える側は、次世代の人たちが作る社会の生き方を学んでいくのだと思う。


「子どもたちに常に教えられることばかりです」
よくこんな言葉を聞くと思うのだければ、これは言い得て妙ですよね。
教育とは、生き抜くための循環サイクルなんでしょうね。

究極こういうことだよね



自分だけがよければいいやっていう人よりも、おせっかいな人の方が多い社会の方がいいのかもね。

うーむ、僕におせっかいしてくれる方々のおかげで、今日も生きておるですよ、、、。

だーやまに、おせっかいしても良いよっていう素敵な方はこちらまで!!!!!!!!!

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