1
/
5

小学校から大学まで柔道一筋だった彼女が、20名規模のベンチャーを経て、人口900人の根羽村で公営塾立ち上げに挑戦する理由。

鈴木 楓(Suzuki Kaede)/Education Div. Director / 根羽team
1995年生まれ。静岡県焼津市出身。立命館大学文学部卒。大学時代は体育会柔道部の主将としてチームを牽引。大学卒業後、Webマーケティング会社で法人営業とWebディレクターを1年経験した後、人事として新卒・中途の採用・教育担当として、組織づくりに3年間従事。これまで1,000人以上の社会人や学生との面談をする中で、改めて小中学生の教育が重要だと感じ、2022年9月にFoundingBaseにジョイン。現在は長野県根羽村にて「村営塾げん」の塾長として奮闘中。

強い感じの女の子だった

私は日本の中でも有名な港町である静岡県焼津市に、三姉妹の長女として生まれました。
柔道をやっていたので小学生時代は男の子よりも強くて、言うこと聞かない男子を懲らしめるような気の強い女の子でした。

学校生活では、友達と成績を上げるために先生のお手伝いをしたり、発表でとにかく積極的に手を上げて答えるなどを必死にしていた記憶があります。
基本的にクラス内の固定のグループに所属することなく、中立な立場でクラスメイトと交流していた感じで、満遍なく色々な人と仲良くするタイプでした。

鋼のメンタルを身につけた時代

5歳で柔道に出会ってから、私の人生は劇的に変わります。
小・中・高・大学はとにかく柔道漬けの日々。
「あなたはオリンピックを目指せる子だ」と周りに言われ続け、私もそれを信じて練習に励んでいました。
しかし、人生はそんなにうまくいかないと痛感したのもこの時です。

上には上がいる世界で自分を見失いかけたことはたくさんあり、全てを投げ出して辞めてやりたいと思う瞬間もありました。
幸い、素敵な先生方に出会えたおかげで私は膝の怪我や体重管理などの山を乗り越えながら大学まで柔道を続けていくことができました。

“とにかく私は環境に恵まれていた”
自分の柔道人生を振り返って今はそう思います。

みんなが私のやりたいことをサポートしてくれた中で、もちろん自分でも努力はしますが、私がひとりでこんな厳しく険しい道を乗り越えることができたのか?と考えたら、答えは「NO」になります。

他の人と違う自分がスキ!

私には「他の人と違うことをやりたい」という人生選択の軸があります。
ただ、なぜ他の人と違うことをやりたいんだろう?と考えはするものの、今の私にはその答えが明確にないんです。

マイノリティ(少数派)になりたくない!
みんなと違う選択をするなんて嫌だ!

そんな思いが芽生えることってあると思うのですが、私は敢えて違う選択をしたいし、マイノリティでありたいと考えてしまいます。

これは高校2年生のときのエピソードになりますが、
理科で「生物」か「化学」を選択するタイミングで、クラスの人数22人に対して化学を選択したい人が3人いる状況でした。
先生からは「4人以上じゃないと化学のクラスは開講できない」と言われてしまう始末。
生物がいいと思っている人がクラスの8割を占めていた状況で、私は「私も化学にします」と先生に言いました。
そして無事にその化学のクラスは開講することができました。

なぜこの話を書いたかというと、この時のことをすごく覚えているからです。
私が化学のメンバーに加わってクラスを開講できたことで、化学を学びたい人が学べるようになった。
私が動いたことで「その人の人生を少し変えることができたのかも!」そう思えた瞬間でした。

もしかすると、「他の人と違うことをやりたい」という心理が働くのは、自分が動いて何か変わるならば積極的に動きたいと思う気持ちから来ているのかもしれません。

結局、自分が「やりたい!」という基準で選ばなかった化学の勉強は、そんなに得意ではなくすごく苦しい思いをしたのですが、それも含めて良い経験だったなと今では納得できています。

人事として感じた大人への違和感

大学3年で就活をしている時に、柔道ばかりやってきた私にとにかく足りないと考えたのが「社会での経験」でした。
そのため、就職先は20名ちょっとしか人数がいなかったベンチャー企業に入社し、さまざまな経験を積むことを決意します。

大学で柔道に打ち込む中で、色々なアルバイトを経験したり、自分でビジネスを起こしたりとトライしてみたいと思うことが多くありました。
だからこそ、社会人になってベンチャー企業で働く経験ができたのは本当に良かったなぁと思っています。
起業はしてないですが、社長の直下で仕事をししてきたため、経営視点に近い部分で仕事をする経験を積むことができました。

また、私は人事という仕事を通じて、新卒・中途、学歴・職歴も様々な大学生や大人を見てきました。
ただ、面談を通じて話を聞く中で、彼らにはすでに固定された価値観があって、その価値観に縛られてしまっている雰囲気を感じていました。

私は人事として会社の価値観にマッチしている人材を選ぶ立場でしたが、だんだん頭の中で「人を選ぶでいいのか?」という感情が芽生え、「もっと人の可能性を広げる仕事をしたい」と強く思うようになりました。

うだうだ考えるよりも行動しよう

中学3年生の時から個人的に「教育」というキーワードに注目していました。

「同い年なのにあの国の子は働いていて、私は働かずに勉強をしている。」「なんで教育格差が出来てしまうんだろう?」と。

ただ、私は贅沢なことに、好きなことを続けることを優先していたため、教育について考えたとしても、実際に何か行動に移すということはしてきていませんでした。

そして社会人5年目の春、ふと自分に降りてきた考えが、
「思っているだけじゃダメだ、行動しなきゃ・・・」でした。

ああしたい、こうしたいを思うことは簡単だし、人のやり方を批判したり、苦しむ人たちを可哀想だなぁと思うことも簡単だけど、自分が現実と向き合い、直接その問題に関与し解決していくことは誰もができることではない。自分がやらなくて誰がやるんだ・・・

そう強く思い、後先考えずに「会社を辞める」決断をしました。
(そんなときにFoundingBaseからも声が掛り・・・)

教育に関して可能性を感じていたにも関わらず、私は未経験であるという点で少し心配はありました。
しかし、FoundingBaseの面談を重ね、会社の考えや今の体制について触れていく中で必然と志望度が上がり、入社することを決意しました。

人口900人を強みに変える!

現在は、長野県下伊那郡根羽村で「村営塾げん」の塾長として、日々村の子どもたちの教育について考える日々を過ごしています。
根羽村は村の92%が森林に囲まれていて、人口も900人ほどしかいない小さな地域です。
私は教育現場未経験という立場ではありますが、村営塾の運営を通して、子どもたちが自分の村に誇りを持って生きていけるような環境を作りたいと強く思っています。

まだまだ塾長として走り出したばかりですが、私の今後の目標は、
「人口が少ないから何だ!こんなに素晴らしい経験ができる村は他にないぞ!」
と私自身が自信持って外部に知らせることができるようになることです。

そのためには、げんをどうしていくのかというビジョンをアップデートし続けたり、本気で村の教育や未来を考え続けることが大切なんだと思っています。

「人口900人が強みに変わる。」

私はそう信じてFoundingBaseと共に突き進んでいこうと思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

株式会社FoundingBase's job postings
8 Likes
8 Likes

Weekly ranking

Show other rankings