「男性育休はキャリアにとってリスクだ」
「管理職は簡単に現場を離れるべきではない」
──そんな社会通念がまだ色濃く残る中、真正面から挑戦したのが、株式会社建助 名古屋オフィス所長・矢野弘知さんです。
自身のキャリアと組織運営の最前線で舵を取る立場でありながら、2024年12月、第二子誕生に伴い育児休暇を取得しました。今までファストコムグループの産休・育休取得率、そして復帰率は100%でしたが、今回は初めての所長クラスの男性。その決断の裏側にあった葛藤と覚悟、育休中に直面した現実、そして復職後に起きた自身と組織の変化について伺いました。“かっこいい大人の背中”を見せてくれた矢野さんのリアルな言葉は、きっとあなたの心にも新しい風を吹き込んでくれるはずです!育児とキャリアの“対立構造”に終止符を打つべく、今、リアルな声をお届けします。
# 前例がないなら、自分がその最初になればいい。
- 矢野さんが育休取得を決断された背景についてお聞かせください。
矢野:もともと長男がいて、今回が第二子の誕生でした。長男はまだ2歳で、家庭保育をしていたタイミング。妻の実家は遠方、私の両親も現役で働いており、いわゆる“里帰り”も難しい状況でした。妻のワンオペは身体的・精神的な負担は相当なもので、「自分が動くしかない」と自然と思い至りました。とはいえ、私自身、名古屋オフィスの所長という立場上、休むことに迷いはありました。役員に相談したところ「育休?いいんじゃない?」と軽やかに言っていただけて。それが大きな後押しになりましたね。話をしてすぐ、裏では東京の営業メンバーが名古屋出張などの調整もしてくださっており助けられました。
加えて、建助という会社は、決して大企業のように制度が完璧に整っているわけではありませんが、“人の温度感”が圧倒的に高いです。社員一人ひとり、そしてその家族までも大切にしようという文化が根付いているなと感じました。色々悩みましたが、でも「今、自分が取らなければ、誰も続けていかない」と思ったんです。所長クラスの僕が先陣を切ることで、次に続く誰かが「所長も取ったんだから」と思いやすくなる。そういったロールモデルになるのは、自分の役割でもあるかなと。
# “家族の時間”に全てを注いだ日々
- 実際に育休に入ってみて、生活はどう変わりましたか?
矢野:地域のコミュニケーションセンターに通って、ママたちと交流したり、お手伝いをしたり…。そこで気づいたのは、今でも多くの家庭で「旦那さんが育休を取るなんて考えられない」という空気が根強いこと。僕が育休を取ったと言うと、すごく驚かれました。でも、それだけに「休みをもらえてありがたいな」と改めて実感しましたね。逆に言えば、それだけこの挑戦には意義があったのだとも感じました。
‐ 家庭内での気づきはありましたか?
妻が夜、子どもと一緒に寝落ちしてしまう気持ちが、ようやく理解できました。それまでは少し不思議に思っていたんです。でも、いざ自分が1日中子どもと過ごして、夜になると…僕も一緒に19時には寝ちゃっていました。体力だけじゃなく、精神的にもすごく消耗するんですよね。この1ヶ月で“子育ての現実”を体感できたのは、何よりの収穫でした。
# 動き出した新たなリーダー
‐ 所長という立場での育休取得。いかがでしたか?
矢野:もちろん葛藤はありました。ですので、5月くらいにはすでに12月に育休を取る話を進めていました。ただ、私は「人は環境によって成長する」と強く信じています。
だからこそ、部下の日高さんには早めに伝えて、徐々に名古屋オフィスの業務を任せる準備をしてもらいました。意図的に“壁にぶつかる環境”を用意しました。意地悪だと思われるかもしれませんが、その困難を乗り越える過程で、彼にしか得られない視座や経験が生まれると考えていたからです。
# 誰のために、何のために働くのか?
‐ 育休を通して、ご自身の価値観にどのような変化がありましたか?
矢野:一言で言えば、「すべては当たり前ではない」という感覚がより強まりました。家族が元気でいてくれること、仲間が現場を支えてくれること、お客様からご依頼をいただけること…。どれも決して当たり前ではなく、感謝すべきことだと感じています。
また、仕事に対するスタンスも変わりました。これまでは「成果を上げること」が第一義でしたが、今は「誰のために、何のために働くのか」という問いを常に自分に投げかけています。その結果、家族に対しても、部下に対しても、より誠実に向き合えるようになったと思います。
# 数字を超えた成長。名古屋オフィスが手にした本当の力。
‐ 復帰後の名古屋オフィスはどのような雰囲気でしたか?
矢野:まず感じたのは、メンバー一人ひとりが「自分が名古屋オフィスを支えている」という強い当事者意識を持ってくれていたことです。日高さんはこれまで、どちらかというと受け身なタイプでしたが、僕の不在中は「自分がこのオフィスを守る」という覚悟を持ってくれていました。進捗報告もマメにしてくれましたし、きっと表に出さなかった苦労も多かったと思います。それでも一歩ずつリーダーとしての経験を積んでくれて、頼もしい存在です。
そして、その日高さんを支えたのが、松山くんです。彼は本当に“愛されキャラ”そのもので、持ち前の明るさと人懐っこさで、オフィス全体の雰囲気をぐっと柔らかくしてくれました。ぐいぐい距離を縮めていくタイプなんですが、誰からも好かれるんですよね。特に日高さんとのコンビネーションは抜群で、性格は対照的なのに、不思議とバランスが取れているんです。加えて、育休取得後に入社した池内くんが入社してくれたおかげで、新しい風が吹き込まれ、チームに活気が生まれました。
そして、営業事務の藤田さんと新村さんの存在が本当に大きかったと思います。彼女たちは単なる「事務作業」ではなく、予算達成というゴールに向けて、自分ごととして数字を支えてくれました。現場の動きを理解したうえで、どんなサポートが必要かを常に考えて動いてくれるんです。まさに“縁の下の力持ち”というより、“名古屋オフィスの屋台骨”ですね。復職してから改めて、彼女たちの存在がどれほど大きな支えになっていたかを実感しました。
# “父親になる”という最高の挑戦
‐ 最後に、これから育休取得を検討している社員へのメッセージをお願いします!
矢野:「迷っているなら、ぜひ取ってみてほしい」と伝えたいです。特に男性社員は「育休=キャリアにマイナス」という考えにとらわれがちですが、それは全く違う。
仕事は人生の大半を占めます。でも、家族と過ごす時間は、その何倍も大切なものを教えてくれるんです。奥さんの体のケアも絶対に必要ですし、なにより「協力する」のではなく「共に歩む」ことが、これからの家族の在り方だと思っています。
# エンディング
「自慢できるパパになりたい。それが、今の僕の目標です。」
そう語る矢野さんは、これからも“かっこいい自分”であり続けたいと言います。それは見た目だけではなく、家族と向き合い、仲間と向き合い、自分の生き方に胸を張れる“かっこよさ”です。「子どもが“うちのお父さん楽しそうだな”って思ってくれたら、それだけで十分です。そして、建助という会社も、“いい会社だね”と家族に言ってもらえるような場所であり続けてほしいですね。」
いかがでしたか?
「育休はキャリアのブレーキになる」――そんな時代は、もう終わりなのかもしれません。家族との時間を大切にしながら、仕事も全力で楽しむ。その姿を実践し、周りにポジティブな影響を与えていく。今回のインタビューを通して、改めて“人生の主役は自分自身なんだ”ということに気付かされました。名古屋オフィスは、これからもますます進化していきます。そして私たち建助も、社員一人ひとりが“自分らしい働き方”を選べる会社であり続けたいと思っています。
それでは、次回のインタビューもどうぞお楽しみに!
矢野さん、そして名古屋オフィスの皆さん、貴重なお時間いただきありがとうございました!!!
# 雑談
‐ 家族との印象的なエピソードがあれば教えてほしいです
矢野:実は、次男の名前を決めるときに、ちょっとした奇跡のような出来事があったんです。長男のときは僕が名前を決めました。普段から自分の下の名前で呼ばれることが少ないので、子どもには呼びやすい二文字の名前がいいなと思って。そして今回、次男の名前も「長男と同じアルファベットから始まる名前がいいかな」なんて考えていたんですが、ある日ふと、「こだわりを一度リセットして考え直してみよう」って思ったんです。
その日の夜、妻にその話をしたら、なんと彼女もまったく同じことを考えていたらしくて。「実は、別の候補が浮かんでるんだ」って。せっかくだから、お互いが思いついた名前を同時に言ってみようってことになって…。
「せーの!」
声を合わせた瞬間、二人ともまったく同じ名前を口にしてたんです。あまりの偶然に鳥肌が立ちましたね(笑)。ああ、この名前に出会うための過程だったんだなって、不思議と腑に落ちた瞬間でした。こうして決まった次男の名前は、これからも僕たち家族にとって大切な宝物になっていくと思います。