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(最終話)
四海兄弟。人類が望み続けても未だに叶わないそれでも日進月歩、その成就に向けて世界は向かっているんだと思う。
少なくともそう信じたい。
人種、文化、歴史、社会的背景が違う70億を超える人間もいつかは兄弟のように分かり合える日がきっと来ると思いたい。
その時僕たちは友人のように笑いあっていた。
お互いの間にながれていた何かをそのたった一枚の20000ドン札が魔法のようにきれいに洗い流していた。
僕はペンを手に取りそこにサインをする。
きっとこの書類は手続き上必要で本来はその記入を終えないと荷物を渡せないルールなんだろうなと冷静に考える。
書き終えた僕に、ふと隣のセキュリティがチケットはあるかと問う。あるが出発時刻の19時は大きく回っていたし、これから取り直しだろうなと思いながらスマホでEチケットを見せた。
セキュリティはおい、もう過ぎてるじゃないかと僕に驚いたように言う。
そうなんだけど大丈夫と苦笑しながら頷く。
セキュリティはそうかと。上に行ってチケットカウンターに行くんだぞと僕に告げる。
この7年余りの生活で何百回と国内線に乗り、悲しいかな数分でもチェックインが遅れると厳格にチケットの買い直しとなる経験をしてきた僕はその後の手続きはよくわかっていたし、全てが戻ってきた今となってはそれは大したことではなかった。
僕はもう行くよとばかりに立ち上がる。
セキュリティが机に置いていたスマホを指差しながらおい、忘れるなよと笑う。
そうだねと応える。
最後に彼がSecurity Good?と尋ね僕はGoodと返した。幾分か冷静になっていた僕はセキュリティとして今回の件をGoodと言うべきなのか当たり前と言うべきなのかどちらが正しいんだろうなと思いながらセキュリティルームを後にした。
エレベーターに向かいながら、この1時間程度に起きたことを思い返していた。
そして十数歩歩いたときに、僕は踵を返した。
善行は報われることで次の善行へとつながる。
そんな信念を僕は持っている。
まだやり残したことがあったと思いセキュリティルームの扉をあけた。
驚いたような顔で彼らは僕を見つめる。
ジミーチュウから財布を取り出してそこから一枚の50シンガポール札を抜き出し、僕をそこに案内した年配の彼に渡した。なんだと聞く彼に僕は告げる。Li Xiだよ。と。
彼は満面の笑みでありがとうと受け取る。
そしておい俺がカウンターに連れて行ってやるとばかりに僕のスーツケースを手にする。
僕はそんなつもりじゃないし、手続きも自分で出来るから大丈夫だよと思いながら彼の行為に甘える。
エレベーターを上がり出発ターミナルに入るとすぐに目的の場所だった。
チケットカウンターで彼は言う。おい、さっきのチケットを見せろと。僕は自分で出来るよと思いながらスマホを渡す。
彼はカウンターの中のスタッフにそれを見せながらベトナム語でまくしたてるように何かを言う。
僕はそれを見つめながら隣で聞く。早口でまくしたてるベトナム語はそれをかじる程度しかわからない僕だがシンガポールのお金という単語とLi Xiという単語を耳にしたとき、彼がしていることが分った。
おそらくはかれは僕のためにこう言ってくれていた。こいつは鞄をなくして、19時の飛行機に乗れなかったんだ。さっきその手続きをやってたんだけどさ、最後に戻ってきてさ、俺にシンガポールドルを渡すんだよ。Li Xiって言ってさ。悪いんだけどなんとかしてやってくれないか。と。
ベトナムという国に暮らす市中の人は弱い人や貧しい人に総じて優しい。そしてそれに優しい人にもまた優しい。空港職員の中でもおそらくは給与水準の高くないセキュリティの事情の説明とお願いを聞いた彼女は微笑んで、パソコンのキーボードを軽快にたたき、僕に一枚の紙を差し出した。
それは8時20分発のホーチミン行きのチケットだった。財布を取り出そうとする僕に彼女は首をふる。いらないわと。
隣を見るとセキュリティが得意げな顔をしている。そして彼は言う。おいカウンターの上のスマホを忘れるなよと。
僕は笑みをたたえながら頷きスマホをポケットにしまい、右手を差し出す。
がっちりと握手をし彼に言う。Cam onと。
彼に背を向け迷うことなくチェックインカウンターに向かうと目線の先には先ほどの職員がいる。
僕は彼女に向けて銀色のジミーチュウを掲げる。彼女はにっこりと僕に微笑んだ。
(完)