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国立大卒・元パチプロだったゲームディレクターが、たった1つ人生で大切にしていること。

こんにちは。インターンとして採用広報を担当している福田です。

インタビュー4人目は、弊社のゲームディレクターとして活躍する田村をご紹介したいと思います。2017年4月にデジモンにジョインした彼がデジモンで活躍するまでの、ドラマのような半生を聞いてきました。

昔から、好きなことには一途だった。

田村さんって、デジモンに来るまで何していたんですか?

パチンコで生計を立てる、いわゆるパチプロってやつでした。そこまで来るのにいろいろありすぎるから、学生時代から話そうかな(笑)

小1から高3までずっと剣道をやっていて、バリバリのスポーツ少年だったんですよ。他にも習い事はいくつかやっていたけど、剣道が一番楽しくて。ちょっとやんちゃしてた時期もあったんだけど、好きなことだったからやめるって選択肢は全くなかったな。それと、とにかくFFとかドラクエとかのゲームが大好きだった。何が好きかって、1つのことをやり込んでいけるってところ。

そうやって好きなことをして生きてきた中で、1つの転機だったのは高校時代。今で言うパリピってやつです(笑)そこで人とコミュニケーションをとるのってこんなに楽しいんだと気づきましたね。そのかわり、ぜんっぜん勉強しなくて校内順位は最下位付近…。大学受験の時はめちゃくちゃ大変でした。しかも親から「お金ないから学費の安いところにしてね」って言われて地元の国公立しか受験できなくて。1日2時間睡眠でひたすら勉強して、センターの現代文なんか2問しか正解できなかったのに、本番は全問正解できるまでになりました。とにかく死ぬほど努力して、なんとか新潟大学の教育学部に合格したんです。

教育学部にした理由は、自分が先生になって先生という存在を変えてやろうって思ったから。僕は先生が大嫌いだったんですよ。だから、少しでも今の状況を変えたくて。でも、実際に入学してみたら「あ、学校って会社だな、自分じゃ変えられない」ということに気づいてしまったんです。やっぱり自分の好きなように生きたいって思いは変わらなかったので、教師を目指すのはやめました。

それで、これからのことを考えた時にあるものに目が行ったんです。それがパチンコ。当時僕は、勉強30%・パチンコ60%・その他10%みたいな生活をしていたんです。大学を休学して、本気で向き合って考えてみたら「あ、これはパチンコで暮らせるな」って確信して。そこからパチプロの道を歩みました。

インタビューに答える田村(右)

面白そうだと思ったから、まず飛び込んでみる。

パチプロとして生活できていたのに、どうして就職しようと思ったんですか?

3年ぐらいパチプロ生活してたんだけど、ある日社会人として働いていた友人から「会社辞めたいんだけど、一緒になんかしない?」って誘われて。パチンコより面白そうで、仲間と一緒に東京へ飛び込んでいきました。それで、実践しながら技術を身に着けられる場を探していた時に、好きだったゲームがきっかけでデジモンに話を聞きに。そしたら「とりあえず来る?」って言われて、入ってみて合わなかったらやめるか~って軽い気持ちでジョインしたんですよ。

まず感じたのが、上下関係が少なくて、好きなようにみんな働いているってことでした。僕は縦社会の会社らしい会社は嫌いだったので、とても合っていましたね。それに、ここでなら人を回したり人脈を築く力をつけられると思って、デジモンに居続けることにしました。

きついけど面白い。そうやって働いている自分が好き。

ディレクターになってからのことを教えてください。

しばらくはアシスタント的なことをしてたんですけど、ある日ゲームの移管の話が持ち上がって。その時に手をあげてみたらディレクターを任せてもらえたんです。あとからなんで選ばれたのかなって考えたけど、妥協しないで好きなことのためにずっと学び続けてきた自分の姿勢なのかな、と。

それがディレクター初就任だったんだけど、まあ苦労したね…。まず「2週間でディレクターの勉強してね」って言われて(笑)なんとかディレクターにはなれたけど考えなきゃいけないことが予想以上に多くて、毎日「どうしようかな…」って頭を悩ませていました。それに、最初だからやっぱりうまくはいかないよね。売上は伸びないどころか下がっていくし、結局そのコンテンツは閉じることになってしまいました。

次の案件も売上が半分以下まで落ちて、社長の天野に一人で頭下げに行きました。だけど、その時天野や取締役の戸高が「だったらやれること全部やりきろう」と言ってくれて。今までの知識をフル活用して、今まで以上のことをやろうと試行錯誤しました。そしたら、なんとか売上が回復したんです。その時、特に心がけていたのはできるだけ細かいディレクションすることです。何しろルーキーや未経験者ばかりで組まれていたチームだったので。

そうやって移管に携わってみて、「めちゃめちゃきつかったけど、めちゃめちゃ面白いな」って思えたんですよ。いろんな人と話せるし、価値観の共有もできて人脈も広がる。移管っておもしれえぞって感じて、そこから移管という移管全てに手を上げましたね。

チームの仲間とミーティング中の田村

とことん向き合ったからこそ、結果を出せた。

印象に残っていることを教えてください。

手は上げ続けていたけど、なかなかチャンスが回ってこなくて。そんな中ようやく1つの案件が決まったんです。チームの人選なども含めて、戸高は僕のやりたいようにやらせてくれました。戸高がデザイナー出身というのもあって、現場の意見が通りやすい環境があると感じましたね。

それで自分の力でようやく数字という結果を出せるようになってきました。ありがたいことに社内MVPにも選んでもらって、すごく嬉しかったですね。とにかくチャレンジし続けて、妥協もしなかったから結果がついてくるようになったんじゃないかと思っています。こうやってやりたいようにやらせてくれて、結果を出せば評価してもらえるのはいいことですよね。

社内MVP受賞時の様子

面白いことはやってみる。そのために妥協はしない。

仕事に対して、どんな風に考えていますか。

こうやって振り返ってみると、自分のやりたいこと・楽しいと思うことをやるって姿勢は昔から変わってないんですよ。デジモンにいると、よく「努力家」って言ってもらえることが多いんだけど、自分としては努力しているつもりはあんまりなくて。好きなことを仕事にできているから努力しているってよりは、面白いからどんどんやりたい!って感じなんだよね。あとは単純にそうやって好きなことをして生きている自分が好き(笑)「面白いことはやってみる。そのために妥協はしない。」っていうのだけは唯一大切にしてきたことで、これからもそれは同じだからどんどん挑戦したいです。

あとは、コミュニケーションって一番大事だと思うんですよ。ディレクターって心を開いてもらわなきゃいけない仕事だから、とにかく人と話すようにしています。業務の半分以上は誰かの机に行って話してる。そうやって人脈も広がっていくし、自分の学びにもつながるしね。

ちなみに将来はね、居酒屋を開きたい(笑)自分が楽しめる空間を作りたいなって思ってます。そのために、デジモンにいるうちに新規事業とか経営に関わりたいし、人脈を思いっきり広げたいですね。自分がやりたいことをやる、そのために必要なことも全部やる。それが僕の生き方なんです。

一緒に働きたいと思う人はどんな人ですか?

僕に逆らってくるような人かな(笑)

真面目に言うと、自分の意志をちゃんと持っていて、好きなことをして生きている人。そうやってきた人ってちゃんと自分で考えられるし一本筋が通っているような人だから、上司とかにも食らいついていけると思うんですよ。そんな仲間が同じ職場にどんどん増えていったら僕は嬉しいです。

皆さんも、田村と一緒にデジモンで好きなことを突き詰めてみませんか?

Digital monkey inc.'s job postings
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