▍異質なものと共に生きる、という原体験
私は2003年、愛知県知多市に生まれました。中学卒業までは地元の公立校に通うごく普通の少年でしたが、転機が訪れたのは高校進学時です。父の仕事の関係でアメリカ・ミシシッピー州の公立高校へ通うことになったのです。人種も文化も多様な環境での3年間。そこで得た「異質なもの同士が共生する難しさと尊さ」への気付きが、私を国際関係学の世界へと誘い、立命館アジア太平洋大学(APU)への進学を決めさせました。
▍カンボジアの泥の中で生まれた問い
APUは、学生の半数が外国籍という「小さな地球」のような場所です。ここで私は住宅支援を行うサークルに参加し、在学中には2度、カンボジアへと渡航しました。現地の大工さんと共に建築活動を行ったり、支援をする家族と交流したりする中で、それまで大きな興味がなかった貧困問題に対し、私の中に少しずつ、しかし確かな関心が生まれていきました。
▍祖母の背中が教えてくれた、日本の危うさ
また、私にはもう一つ、幼い頃から身近に感じていた社会の側面がありました。それは「介護」の世界です。私の祖母は60歳から訪問介護の仕事を始め、80歳近くになるまで現役で働き続けていました。祖母の口から語られる同僚たちもまた、似たような年齢の方ばかり。
「高齢者が、高齢者のケアをしている」
その事実に触れるたび、私は何とも言えない危うさを感じていました。
献身的に働く祖母へのリスペクトと共に、このままではいつか現場が共倒れになってしまうのではないかという強い危機感。泥にまみれてカンボジアの家族と向き合う経験、そして日本で老老介護の現実を背負う祖母の姿。海を越えた二つの景色が、私の中で「持続可能な社会の仕組みを作らなければならない」という一つの大きな問いへと繋がっていくのに、そう時間はかかりませんでした。
▍点と線がつながった瞬間
カンボジアでの活動は、私の価値観を大きく揺さぶるものでした。泥にまみれて共に働く日々の中で、自分でも驚くほど自然に「この人たちの力になりたい」という想いが芽生えていきました。しかし、活動を終えて帰国する際、私の心には一つの問いが残りました。
「なぜ、これほど懸命に生きている人々が、これほどの困難に直面しなければならないのか。どうすれば、一時的な救済に留まらない、根本的な解決を生み出せるのか」
住宅支援サークルでの活動に確かなやりがいを感じつつも、同時に「支援の持続可能性」という壁にぶつかっていた私は、当時住んでいた大学寮で仲の良かった友人である前木場に、よくこの葛藤を打ち明けていました。
その後、前木場は重徳さんと共に「株式会社Job is Well」を創業します。しばらくして彼からその構想を聞き、誘いを受けた時、私の中で全ての点と線が繋がりました。「インドの若者に教育を届け、日本の介護現場へと繋げる。それが現地の自立を促す産業になり、日本の深刻な人手不足も解決するんだ」
そのビジョンを聞いた瞬間、パズルのピースがはまったような感覚がありました。私がカンボジアで探し求めていた「根本解決のための仕組み」が、そこにあると確信したからです。私は迷うことなく、インターン生としてこの挑戦に加わることを決めました。
▍現場で見た希望の光
今日、私はある介護施設を訪問しました。そこで施設長から伺った現実は、想像を遥かに超える過酷なものでした。「職員の平均年齢は40代後半、最高齢は70代半ば。年間で10名を採用しても10名が辞めていく。日本人職員だけの採用はもう限界だ」という言葉。かつて祖母から聞いていた老老介護の構造が、今まさに崩壊の淵にあることを肌で感じました。
しかし、その絶望的な数字の隙間に、一筋の強い光が見えました。現場で3年目を迎え、今や「重要な財産」として活躍する外国人職員の方々の存在です。彼らの明るさと誠実さは、利用者様の心をも溶かし、フロア全体に笑顔を広げていました。その光景を目にした時、私たちの挑戦は単なる「労働力の補填」ではないのだと確信しました。
日本は世界に先駆けて超高齢社会を迎えた「介護先進国」です。祖母が誇りを持って働いていたこの現場には、世界が学ぶべきケアの本質が詰まっています。この素晴らしい技術を絶やさず、志あるインドの若者たちへと継承していく。彼らが日本の現場で「財産」として輝ける仕組みを作る。それこそが、現場に「笑顔の余裕」を取り戻し、介護の未来を救う唯一の道だと信じています。この価値を次世代へ、そして世界へと繋いでいく手応えこそが、私の最大のやりがいです。
▍日本とインドをつなぐ、双方向の救済
私がこのプロジェクトを通じて成し遂げたいのは、単なる人材の橋渡しではありません。日本とインド、双方が抱える歪な構造を、ビジネスの力で「希望の循環」に書き換えることです。
現在、インドは人口14億人を超え、GDPでも日本を追い抜く勢いを見せています。しかし、その輝かしい成長の影で、若者の失業率は30%を超えています。働く意欲も能力もありながら、巨大な人口を支えるだけの「職」が国内に存在しない。これは、かつて私がカンボジアで目にした、産業がないために若者が未来を描けない景色と酷似しています。
一方で、介護先進国である日本は、高度な技術を持ちながらも現場は人手不足で悲鳴を上げています。私はここに、新しい共生の形を作りたいのです。インドの志ある若者たちに、日本の高度な介護技術を学ぶ機会と、正当に評価される「仕事」を提供する。彼らにとって、日本へ行くことが人生を切り拓くための「誇りあるキャリア」になる世界を作りたい。
「やる気があっても働けない」というインドの若者の絶望を、日本を支える「重要な財産」としての希望に変える。海を越えた双方向の救済を実現すること。それが、カンボジアの泥の中で、そして祖母の背中を通して探し続けてきた、私なりの「根本的な解決」の答えです。
▍未来のメンバーへ一言
「社会を良くしたい」という想いは、何事においても出発点になる大切なものだと私は考えています。しかし、このインターンを通じて痛感したのは、その想いを形にするためには、泥臭い「実践」と、自分自身を磨き続ける「覚悟」が不可欠であるという現実でした。
Job is Wellでの活動は、決してスマートなものばかりではありません。しかし、ここで得られる経験は、大学の講義室では決して得られない、圧倒的な「当事者としての学び」に満ちています。私自身、この活動を始める前は、施設経営者の方々と対等に渡り合う自分など想像もできませんでした。ですが、現場の切実な声に耳を傾け、私たちのビジョンをどう届けるべきか必死に模索する中で、営業力や提案力、そして多角的に物事を捉える視座が、着実に養われていくのを実感しています。
正直に申し上げれば、私自身もまだ、暗中模索の最中にいる一人の学生に過ぎません。だからこそ、高い志を持ち、共に悩み、共に現場を歩んでくれる仲間の存在を必要としています。互いに切磋琢磨し、昨日より少しでも良い解決策を提示できるよう、一緒に汗を流しませんか。
一緒に、介護の、そしてインドの未来を変えましょう!