はじめに
M&A業界で「仲介」と「FA(売り手専属アドバイザー)」は似て非なる仕事です。オーナーズが求めるのは、成約を急ぐ人ではなく、売り手オーナーの理想を最後まで追求するプロフェッショナルです。
前編でお伝えした価値観が、現場でどんな行動・判断として現れるのかを、実務の局面に沿って具体化します。
本記事は、当社のプロフェッショナルへの匿名アンケートをもとに構成しています。読み終えたときにご自身のFA適性を判断する一つの材料になれば幸いです。
※守秘義務の観点から、個別案件や固有名詞に踏み込む表現は避けています。また、FA経験者・M&A業界経験者、または金融機関出身でFA転向を検討している方を主な想定読者としています。
FAの成果とは何か
売り手FAの成果は、譲渡価格だけで測れません。対価はもちろん重要ですが、譲渡後の関与の設計、従業員の待遇、契約条項(補償条項など)、将来リスクまで含めて、売り手が納得できる着地点をつくることが成果です。
さらに言えば、M&Aはあくまで手段です。売り手がM&Aで実現したい目的を達成できることが最終ゴールになります。条件を整えて終わりではなく、ステークホルダーの将来にとって望ましい着地になっているかまで視野に入ります。ここに仕事の難しさが見えてきます。
売り手FAは、扱う論点が増えるほど価値が出る仕事です。同時に、論点が増えるほど設計が難しくなります。だからこそ「何を優先し、どう整理し、どう伝えるか」に成果の差が現れます。
役割と仕事の設計
当社の売り手FAは、オリジネーション(開拓・初回面談・受託)だけ、エグゼキューション(買い手探索〜デューデリジェンス(以下:DD)〜契約・クロージング)だけ、という綺麗な分業で完結しにくい仕事です。
実態としては、顧客開拓からクロージングまでを一気通貫で担うケースが多く、役割が上がるほど、ジュニアメンバーの育成や、アウトプットに対するレビューも担うことになります。
職階によっても変わりますが、担当案件数は主担当0〜1件の局面もあれば、主担当6件以上の局面もあります。サブ担当も0〜2件から3件以上まで振れ幅があり、案件フェーズによって業務負荷が変動します。
言い換えると、案件の状況に応じて、自らの裁量で優先順位とリソースをコントロールする局面が多い仕事です。
案件の作り方も一様ではありません。インバウンドの案件相談が多い局面もあれば、自分で案件開拓する比率を高めなければならない局面もあります。また、エグゼキューションの空き時間をソーシング活動に再投資し、ターゲットリスト作成や買い手発掘のアクションを担う動きもあります。
このような柔軟な姿勢が求められることを前提として受け入れられるかが、向き不向きの分岐点になります。
立ち上がりのリアル
未経験者であっても早期にOJTを通じて案件に関与し、実務の中で学ぶスタイルを採用しています。重要なのは、チームで品質を担保する前提があることです。
体制としては、原則どのような案件もプロジェクトマネージャー(ディレクターまたはヴァイスプレジデント)及びディールアシスタント(ヴァイスプレジデントやアソシエイト)の組み合わせで進み、各案件には必ずパートナーが責任者として関与します。(ヴァイスプレジデント:以下VP)
入社直後の案件への関与度合いも段階的です。面談同席から始まり、議事録作成とレビューを通じて、何が論点なのかを覚えていきます。慣れてくると案件作業(買い手候補の調査、バリュエーション、IM※ の市場調査や一部スライド作成など)、部分的な顧客対応へと任せる範囲が広がっていきます。
※IM:インフォメーション・メモランダム(IM)とは、売却対象の企業や事業等に関する詳細な情報を記載した資料
また、最初の1週間は社内研修コンテンツ(動画・資料)で基礎を身につけます(バリュエーション、契約書、資料作成、顧客対応、ケーススタディなど)。
座学だけで固めるのではなく、早期に案件に加わりながら、OJTを通じて知識や経験を積み上げていくのが実態です。
1週間のリアル
仲介サービスのように「外回り営業が主役」とイメージすると、FAの実態と乖離が生じます。特にDD佳境時は、情報と論点の交通整理が中心になります。
買い手からの追加質問や資料依頼に対応しながら、売り手側の回答方針を整理し、開示対応を進めます。外出比率は、DD佳境時で「外出1〜2:社内作業8〜9」という声が複数ありました。
深い論点整理や複雑な資料準備対応に集中するため社内ワークが中心となり、面談もオンラインを活用するケースがあります。一方で、信頼関係の構築や重要な意思決定の局面では、柔軟に訪問も行います。
必要に応じて対面も重視しつつ、実務の核心である案件チーム内での議論を通じた戦略策定に時間を充てている、というのがリアルな姿です。
信頼が生まれる瞬間
初回面談でオーナーから「任せよう」と思われる決定打は、誠実さが行動として伝わるかどうかです。
状況によっては「今すぐ売る」以外の選択肢も含めて助言し、オーナーの価格目線や背景を尊重し、意思決定をこちらが押し付けないことが求められます。こうした姿勢は、言葉で「顧客本位です」と言うだけでは伝わりません。判断の置き方や会話の運びから伝わります。
加えて、オーナーの話をまずはよく聞き、論点とリスクを整理して可視化する力も必要です。悩みや懸念、求めているものを言語化し、「何が論点で、どこにリスクがあり、次に何をすればいいのか」をクリアにすることが、信頼の土台になります。さらに、関係者への適時連携、優先度に応じた迅速なレスポンス、実直な資料品質は、そのままコミットメントの証拠として判断材料になります。
単に24時間いつでも、とにかく速く返すことではなく、重要度・緊急度を見極めて対応する姿勢が求められます。
案件が動き出すポイント
初回面談から案件化に進むことができるかどうかの分かれ目は、初回で信頼を勝ち取ることだけではありません。重要なのは、次回の意思決定を前に進める設計ができるかです。
仮でもよいのでその場で複数のソリューション案を提示し、オーナーが成功イメージを持てる状態を作ります。そのうえで、次回面談で何を提案するのかを明確にし、次のアポイントにつなげます。初回で信頼を勝ち取ることは難しいため、面談回数を重ねる前提で「何を積み上げるのか」を設計する発想が求められます。
比較検討で仲介業者が相手にいる場合はなおさらです。仲介とFAの違いを腹落ちする形で伝えたうえで、希望譲渡対価、譲渡後の関与、想定譲渡先といった意向に沿った初期提案を返す必要があります。
テンポの良い会話の中で初期論点をその場で返せるかどうかが、そのまま分水嶺になります。
実行フェーズで問われる力
案件の受託後、エグゼキューションのフェーズでは、特に業務負荷が大きくなります。単に作業量が増えるというより、設計・整理の難易度や求められるサービスの品質が上がるためです。
特に重要になるのが、IMのストーリー設計と、DDにおけるQ&Aの整理・運用です。
IMは情報が集まるほど盛り込みたくなりますが、目的は「対象会社の魅力を正しく伝えること」です。
何を明確に打ち出し、何を補足に回し、どの順序で提示するか――この設計により伝わり方と説得力に差が出ます。
DDのQ&Aも同様です。Q&Aシートをそのまま受け渡すだけでは、初めての経験であることがほとんどである売り手側の対応は滞りやすく、FAとしての支援価値も伝わりにくくなります。
そこで、場合によっては回答方針の提案や実際の回答例を示したコメントを用意し、売り手が判断・対応しやすい形に整えます。さらに、バリュエーションや条件交渉に影響する論点と、確認目的の論点を切り分け、優先順位を付けて運用します。
山場で何が起きるか
DDが進むにつれ、買い手側からの進捗確認や追加の確認事項が増え、売り手側でも対応事項が同時並行になりやすくなります。そのため、関係者の負担感に配慮しながら、期限・論点・次アクションを整理し、合意形成に必要な情報が揃う状態を維持することが重要になります。
最終契約前は、条件の細部を詰めるほど論点が増え、当事者の関心も高まります。譲れない条件が出てくる局面では、論点の構造化と対話の設計が必要になります。
論点が同時多発する中で、重要度と緊急度を見極めて優先順位を付け、売り手に伝える順序と伝え方を設計します。関係者の受け止めにも配慮しつつ、事実と選択肢を整理し、納得度の高い意思決定と合意形成を支えます。
迷いに向き合う
クライアントに迷いが出たときに重要なのは、迷いの正体を分解し、論点ごとに意思決定を整理し、選択肢とリスクを明確化することです。
価格不安、罪悪感、従業員への負い目、家族の反対といった迷いは、入り混じることでより大きなものへと膨らんでいくため、分けて扱う必要があります。
FAは判断を急かさず、必要なら時間を取り、続行でも中止でも後悔しない材料を整えます。場合によっては、中止が望ましいと整理できることもあります。
選ばれるための伝え方
他社(仲介等)と比較されている場面で、弱点やリスクを先に出せるかどうかは、信頼を左右します。売り手FAの支援は、成約を急ぐ支援ではありません。
時間をかけて関係者整理や条件設計を行う分、売却までの時間が一定程度かかるケースもあります。
受託を急がず、実現可能性や要望への適合を丁寧にすり合わせるため、初期段階から一定の検討と設計が必要になります。
耳が痛い前提も早期に共有することで、後半フェーズの認識齟齬が減り、結果的にディールの蓋然性が上がる、という考え方です。
想定外とどう向き合うか
理屈通りに進まない局面はあります。アンケートでも、失注や破談にはいくつかの典型パターンが挙がっていました。
(失注の例)
- 求めるスピード感の違い:当社が丁寧に複数の候補先をリストアップして協議の準備をしている間に、他社が特定の候補先を提案し話を進めていた。また、より短期間で進める提案をした他社が選ばれることもある。
- 価格期待のズレ:当社が適正と考える価値試算を提示しても、現実的には考えにくい水準の価格を示した他社が選ばれることがある。
- 初回面談・提案設計の失敗:その場の反応は良くても刺さらず、他社に流れる。
(破談の例)
- DDでの重大リスク顕在化:重要リスクが発覚し、当事者間の合意形成の障害となる。無理に進めることはオーナーの将来のリスクにつながるため、案件の中止をアドバイスする。
- 交渉・トップ面談での決裂:最終局面で一方がそれまでの前提を覆す主張に固執する、または誤解や認識齟齬を起点に感情が爆発して決裂する。
このように、すべての案件が成約に至るとは限らず、想定外の要因での見直しや中断が起きることもあります。その際も、要因を分解して次の提案や設計に落とし込めるかにプロとしての差が出ます。
判断がブレない仕組み
当社では、ジュニアメンバーが作成した資料を他のメンバーがレビューすることを通じて、品質を一定以上にコントロールしています。特に厳しく見るのは、数値の正確性とページ間の整合性です。
さらに「感覚や推測を混ぜず、データから読み取れることを正確に書けているか」も重視します。
誤字脱字や日本語の運用も含め、細部の品質はそのまま信頼に直結します。
一方で、文言の巧拙やストーリーの磨き込みは、一次稿で完璧であることよりも、フィードバックを受けてどれだけ正確に軌道修正できるかを重視します。
ジュニアメンバーにとっては、提案書作成やモデリング、IM作成の工程自体が重要な訓練になります。見やすさや体裁の統一感はジュニアメンバーでも改善できる領域なので、そこがおざなりだと基礎的な能力や姿勢に不安が残る、という声もありました。
仕事を止めない運用
案件が同時並行で進む以上、頭の中だけで管理すると破綻します。案件管理は、自社システムにステータス、面談メモ、ToDo、論点、次アクション、関係者、期限、リスクを記録し、進捗はステージ毎で可視化して管理します。
止まっている案件は「止まっている理由」を書き、放置を起こしにくくする、という運用も採用されています。
チーム運用も同様です。週次会議で案件を棚卸しし、滞留している場合はチームで壁打ちし、必要があれば担当の再配分も行います。
プロジェクトマネージャーが抱え込まないよう、パートナーが要所でレビューに入り、滞留の解消にコミットします。属人的な管理は行っておらず、仕組みで前に進める設計になっています。
テクノロジーとの付き合い方
当社では自社システムやAIを活用し、反復作業・下準備・叩き台づくりの工数を圧縮しています。例えば以下のような活用方法が挙がっています。
- ターゲットリスト/買い手候補の初期リスト作成:自社システムやAIにより効率化され、短時間で完了できるようになったという声もありました。
- 面談報告・記録(議事録):特定の運用方法に基づき、議事録が1時間→10分程度になったという声がありました。
- 事前リサーチ:面談前の会社概要・業界動向・想定関心事項などの整理が、3時間かかる作業でも1時間以内に収まるようになったという声がありました。
- オペレーションの自動化:IMやプロセスレターへの透かし入力、パスワード設定など、手作業だと積み上がる工程が自社システムで短縮できているという回答がありました。
一方で、実務の中心である、論点の優先順位付け、開示可否や表現方法に関するリスクの判断、交渉設計、当事者の感情を踏まえた伝え方等は、人が担う領域です。テクノロジーによって生まれた時間を、以下のような付加価値の高い業務に充てています。
- 売り手との対話準備(仮説整理・質問設計、伝える順序の設計)
- 条件設計・交渉戦略(価格以外の論点整理、反対者論点の先回り、破談リスク低減)
- ソーシング・買い手発掘支援(ターゲットリスト精度向上、買い手候補発掘アクション)
- DDのQ&A設計
- 専門論点のキャッチアップ(SPA論点、税務面などの復習)
- 組織の生産性改善(プラクティスの積み上げ、アイディア創出)
つまり、テクノロジー活用によって創出された時間を、私たちは「売り手との対話準備」「条件設計・交渉戦略」といった付加価値の高い業務に充てています。
作業が減る代わりに人間が担う「判断の密度」は上がります。ここを面白いと思えるかどうかが、フィットの分岐点になります。
伸びる人の共通点
現時点の知識量の差よりも、行動の差がパフォーマンスの差に直結します。例えば、分からないことを放置せず素直に聞ける人は伸びますが、ただ聞くのではなく、自分なりの仮説や回答案を作ったうえで確認できる人は伸び方が加速します。
面談同席の場でも「自分が担当者ならどう話すか」「どう場をコントロールするか」を常に考え、面談内容を整理してチームへ共有し、次のアクションを提案できる人は、学習が経験に変換されるスピードが上がります。
知的好奇心と知的体力がある人は、調べたうえで質問し、吸収も早いため、成長スピードに差がつきます。
しんどさと報われる瞬間が同じ場所にある
「しんどさを感じる瞬間」としては、DDの佳境や交渉終盤、案件が止まって動かない局面や、提案後に受託できなかったとき、売り手が感情的になった場面に向き合う局面、関係者が割れて意思決定が止まる局面などが挙がっていました。
期限がタイトな局面もありますが、事実・数字の整理と当事者の感情面への配慮を、論点整理と進行管理で両立させていく必要があります。
ただ、ここに向き合えるほど、意思決定を支援しきった実感として返ってきます。
応募判断のヒント:向き/不向き
売り手FAの仕事は、短期決戦で終える仕事ではなく、意思決定の過程を支える仕事です。感情の揺れや迷いをほどき、論点に落として優先順位を付け、顧客が納得できる結論に向けて伴走します。
FAに向いている人の特徴は、状況を分解して整理できる人です。相手の感情を必要以上に刺激せずに現実を伝えられ、分からないことを放置せずに持ち帰って素早く回収できる。数字と文章の整合性を細部まで詰め、ログを残して案件を滞留させない運用ができる。
さらに、失注や破談も要因分解して次の設計に反映できる人ほど、この仕事で活きてきます。加えて、チームで戦う前提を受け入れ、ナレッジを抱え込まず共有できることが重要になります。
一方で、案件の実行自体や短期の成約を最優先にして「とにかく成約させたい」「早く売らせたい」という意識や、ドキュメント化・棚卸しが苦痛な人、失注の痛みを振り返りに変えられない人、属人的に抱え込んで仕事を進めたい人は、当社のFA業務とはミスマッチになりやすいように思います。(価値観の優劣ではなく、あくまでオーナーズのFA業務との相性の問題です。)
前編の内容とあわせて、応募判断の参考にしていただければ幸いです。
編集後記:
私たちは現在、中小企業M&Aにおける「FAサービスの民主化」という、社会的意義の高い大きな挑戦を続けています。当社の組織規模で中小企業向けのFAを事業化している例は業界内でも少なく、正解のない問いに向き合い続けるのは、容易ではないプロセスの連続です。
この未踏の領域で、売り手オーナーの「一生に一度の決断」をプロとして支え抜く覚悟のある方の挑戦をお待ちしています!