概要
こんにちは、韓国人エンジニアのスンジュン(Seungjun)です。
2025年3月にワーキングホリデービザで来日し、2026年1月に帰国を予定しています。
8月から入社したスタートアップ「ribura」にて、12月までの5ヶ月間、どのようなことを学び、感じたのかを振り返ってみたいと思います。
日本に来た理由
私は現在25歳ですが、まだ大学3年生の休学生です。
大学での学びに物足りなさを感じ、2023年に休学を決意しました。その後、コンピュータサイエンス教育機関「42 Seoul」をはじめ、様々な場所で開発の知識を積み上げてきました。
そんな中、2024年1月の人生初となる海外旅行をきっかけに、「海外で自分の開発能力を試したい、自信をつけたい」という思いが強くなりました。そこから1年間、日本語学習と開発の勉強に没頭し、日本への渡航を計画しました。
学びたかったこと
まず、海外の開発現場の方向性やプロセスを学びたいと考えていました。同じサービスを開発するにしても、韓国と日本で手法がどう違うのかを把握し、より柔軟な思考を身につけたいと思ったからです。
次に、開発における「AIの活用方法」をより深く学びたいと考えました。単に質問に答えたりアドバイスをくれたりする「アシスタント」としての活用にとどまらず、実際の開発フェーズでAIがどう組み込まれているのか、そしてAIサービスを開発するためにAIをどう使いこなすべきなのかを習得したいという目的がありました。
インターン生活
最初は戸惑いの連続
当初は、韓国で経験してきた開発プロセスと日本でのやり方の違いに、かなり戸惑いました。特に、こまめな進捗共有や、コードの実装とは直接関係のない「業務理解のためのドキュメント作成」など、その文化に適応するまでに時間がかかりました。(今では、そのすべてに重要な意味があったと理解しています)
適応、そして価値の創出
しかし、次第に会社の方向性を理解し適応していくにつれ、開発スキルは飛躍的に向上しました。5ヶ月間で3つのチームPoC案件に参画し、最後の月には1つの個人PoC案件を丸ごと担当するまでになりました。
これらの開発プロセスでは、MediaPipeやOpenCVといった多様なAIモデルを活用したサービス開発に取り組みました。また、AIアシスタントを積極的に活用することで、フロントエンドからバックエンドまでをこなすフルスタックエンジニアとして活動し、会社に対して着実にバリューを提供することができたと感じています。
同僚の大切さと「失敗を恐れない心」
この過程では、同僚たちのチームワークに何度も助けられました。日本語がまだ未熟だった私を皆がサポートしてくれましたし、特に開発チームリーダーからの数々のアドバイスは、エンジニアとしての私を強くしてくれました。
また、riburaのコアバリューは、私が壁にぶつかった時に立ち直る大きな支えとなりました。4つのコアバリューの中で最も感銘を受けたのが、「素早く失敗し早く学ぶ」 です。失敗を恐れて完成するまでコミットを遅らせたり、不必要な機能を盛り込んだりするのではなく、継続的にコードを共有してフィードバックを受け、高速で修正していくことの重要性を痛感しました。
経験できなかったこと
私が活動した会社は少人数のスタートアップだったため、いわゆる一般的な日本企業の「徹底したスケジュール管理に基づく業務計画の遵守」という環境とは少し距離がありました。自分のコンディションに合わせて、好きな場所・時間で働けるという大きなメリットはありましたが、いわゆる「伝統的な日本企業」のイメージとは異なる部分もあるかもしれないと感じています。
韓国の開発現場との違い
一番の違いは「ドキュメント化」の徹底だと感じました。
会議の議事録など必須資料だけでなく、些細な業務内容や開発要素もすべてドキュメント化して共有する文化があります。コード中心にフィードバックを行う韓国の開発環境とは、対照的で興味深い点でした。
最後に
日本企業のスタートアップでの活動は、私の人生において「エンジニア」としての本格的な第一歩でした。不安も多く、実際に数え切れないほどの失敗も繰り返しました。しかし、その過程で韓国では得られなかったであろう多くの気づきを得ることができました。
韓国に戻り、大学を卒業して再びエンジニアとして就職活動をする際、日本でのこの経験が大きな糧になると確信しています。
外国人である私を、まるで日本人のメンバーと同じように温かく迎えてくださったriburaの皆さんに心から感謝し、この記事を締めくくりたいと思います。