お久しぶりです。Noteの更新を完璧にサボっていました。今年のGW最終日として、GWで川井個人の振り返りをするがてら、ちょっと自己啓発的な過去意識高い系Youtuberをやっていたことを回想するような文章を書きたくなったので、大崎のタリーズで一人作業をしながら(このNoteもClaudeが構成&文章作成してくれてるし、その裏で全然違う仕事をしてくれてるClaudeまじですごいです、てかAIが書いてるって言ったら読む気失せるのかな。。結構自分の思いや、本質は捉えているので、ぜひ読んでください笑(全然余談。。。))書いてみようと思う。
第0章:3年前の僕にとって、経営者はみんなが成功者くらいの粒度だった。
2026年4月。 23歳になる年齢の私のSNSのタイムラインは、「新社会人」の投稿で埋め尽くされていました。リクルートスーツ、新生活の様子、研修先で撮ったであろう同期との集合写真。そこには、かつての僕が、「いるはず」であった世界が広がっていた。
そのタイムラインを見ながら、僕はGWで一人、株式会社インターンの「数字」と格闘している。会社は8月決算なので、今期の着地予定をいかにして達成させるか。そして来期、僕らが必達目標として掲げている数字の蓋然性をいかに高めれるか。非連続な成長を描かなければならない。それは「頑張ればなんとかなる」という気合いの次元ではなく、脳がちぎれるほど本質を捉え、考え抜くことを求められる、ヒリヒリとしてる、そして超エキサイティングな毎日を過ごしている。
ふと、大学入学当初の自分を思い出す。 当時の僕は、まだ「何者か」になりたくて、でも何になればいいか分からず、ただ漠然と「起業」という言葉に憧れていた。その頃の僕にとって、「年商10億の会社を作る」という目標は、見上げることもできないほど高くそびえ立つ、人生最大のエベレストだった。
「10億稼げたら、人生上がりだ。とんでもなくすげー奴になれる」
本気でそう思っていた。それが、当時の僕が見ることのできる景色の限界だったし、当時の僕を取り巻いていた環境における「成功」の最大値だったからだ。
今回のNoteでは、僕がなぜ「普通の大学生」というレールを外れ、基準値を上げれたのか。また基準値をあげたことで何を捨て、何を手に入れたのか。その生々しい変遷を、一度ここに記しておきたい。
何者かになりたいと漠然と思っていたり、起業をしたい大学生や、就職したけど、まだ自分はできるんじゃないか、もっと何かを成し遂げる人物になれるんじゃないかと思っている方に届けたい。
就活している時の動画面接の自分 (笑)、見返すと気合いが空回りしてる...。笑
第1章:言い訳の終わり。——「起業」のハードルを溶かしたもの
僕が「普通の大学生」という枠組みから決定的に踏み出していったプロセスは、意志の強さも多少はあったかもしれないが、ただ、身を置く場所を少しずつ変えていった結果でしかないと感じている。
大学1年の春、僕は紛れもなく「普通の大学生」だった。秋から営業インターンを始めて少しずつビジネスに触れてはいたが、まだ周囲と同じ円の中に立っている安心感があった。 その後、2年の夏からカナダへ留学した。物理的に日本を離れたことで、友人たちとの距離が開くのは当然のことになった。連絡が減るのも、話題が合わなくなるのも、すべては「遠い国にいるから」という便利な言い訳で説明できた。その言い訳があるおかげで、僕は友人たちのコミュニティから精神的に脱落していく恐怖を感じずに済んでいたんだと思う。
本当の転機は、3年の4月、帰国した直後に訪れた。
久しぶりに再会した友人たち。そこで感じたのは、置いていかれる恐怖ではなく、「なんとも言えないギャップ」という残酷なまでの違和感だった。 就活という人生の分岐点を前にして、話してることも正直あんまり合わんなみたいなことを感じていた。結構高校とかまでは、そんな意識高い奴だったわけでもないし、あまりギャップを感じていたことは今までの人生ではなく、(気づいていなかっただけかもだけど)けど明確に覚えているのは、かと言ってその他の環境を知らないし、レールから外れるのは怖いと感じていた。
ただ、僕は留学という物理的に距離が離れている環境に1年間ほど居たことで、決定的に周りの友人とかとはズレてしまったのだ。この違和感を信じて突き抜けるのか、それとも居心地の良さに負けて自分を薄めるのか。その葛藤が、僕を苦しめた。
答えがいきなり出たかと言ったら実態は違った。改めて帰国後起業チックなことをしたり、長期インターンをしたりという「環境」に身を投じ続けたことで 徐々に、あんなに恐れていた「友達と疎遠になること」や「世間体」への不安が、気づけばどうでもよくなっていた。 意志の力で不安をねじ伏せたのではなく、環境を強制的に変えたことで、起業への心理的なハードルが、いつの間にか溶けてなくなっていたのだ。
「友達と離れるのが寂しい」と悩む暇がないほど、目の前の事業が面白く、常にいる先輩経営者や、周りの同世代の基準値が圧倒的だった。環境が、僕の中の「当たり前」を勝手に書き換えてくれたのだ。
Youtuberだった時のサムネイル写真(笑)。企画がありふれてて、尖りがない、、笑
第2章:基準値の正体は、100%「環境」でしかない。
「基準値を上げよう」と努力することほど、無駄なことはないと思う。 なぜなら、基準値の正体は「意志」ではなく、自分の周りにいる人の当たり前でしかないからだ。
僕が身を置くことになった「バグった基準値」の世界。そこでは、昨日まで僕が「必死に頑張って到達した最高地点」が、彼らにとっては「寝起きのルーティン」レベルの低さだったりする。
「そのスピードで、本気で世の中変えられると思ってるの?」 「その数字で、誰が幸せになるの?」
そんな言葉が日常的に飛び交う環境にいると、自分の甘さが露呈するのを通り越して、脳の回路が強制的に書き換わっていく。10億というエベレストが、気づけばただの丘に見えてくる。それは僕が強くなったからではない。「10億、ましてや100億程度で満足するのはダサい」という空気を吸い続けているからだ。
どれだけ意志が強い人間でも、ぬるま湯に浸かれば体温は下がる。逆に、沸騰した鍋の中にいれば、嫌でも熱くならざるを得ない。 人生を決めるのは「どう頑張るか」ではない。「自分をどの温度の場所に放り込むか」。 結局、その一点でしかないのだ。
第3章:ビジョンは、組織の「基準値」そのものである。
個人にとっての基準値が「環境」なら、組織にとっての基準値は「ビジョン」だと思う。
株式会社インターンが今回刷新したビジョン、「人々に喜びを届ける、世界最高の人財OSを築く」。 正直に言えば、今の僕たちの実力からすれば、この「世界最高」という言葉はあまりに重く、遠い。けれど、あえてこの言葉を掲げた。
なぜなら、ビジョンが「そこそこ」なら、組織の基準値も「そこそこ」で止まってしまうからだ。
「世界最高の人財OS」を創ると決めた瞬間から、僕たちのあらゆる行動に、逃げ道のない基準が突きつけられるようになった。 「そのプロダクトは、世界最高と呼べるのか?」 「そのマッチングは、本当に人々の時間に幸せを届けているのか?」 「新事業『Jobvit』は、既存の仕組みを圧倒的に超えるOSになり得るのか?」
ビジョンを掲げるとは、自分たちに「言い訳のきかない基準」を課すことだ。 僕が目指す事業計画上の数字も、この「世界最高」という基準値から逆算すれば、決して高すぎる壁ではない。むしろ、通過しなければならない最低ラインに過ぎない。
僕たちが挑んでいるのは、単なるマッチングビジネスではない。 社会の「人」と「環境」のあり方を根底から変える、新しいOSの構築だ。この壮大なビジョンに自分たちの基準値を合わせにいくプロセスこそが、僕たちを本物のプロへと変えてくれる。
終章:君の基準値は、誰が決めているか?
「出会いと環境の創出で、人々の時間に"好き"と"幸せ"を届ける」
このミッションを掲げている僕自身が、誰よりも「環境」の力を信じ、救われてきた。 人は、環境さえ変えれば、昨日までの自分では想像もできなかった高さまで飛べる。
今、大企業のシステムの中で、あるいは慣れ親しんだコミュニティの中で、「自分の実力はこんなもんじゃないはずだ」と爪を研いでいるあなたへ。 あなたの基準値を決めているのは、あなた自身じゃない。あなたが今、身を置いているその「場所」だ。
もし今の場所に違和感があるなら。もっと高い基準値の世界を、自分の肌で感じてみたいと思うなら。 株式会社インターンという、基準値を破壊し続ける環境に、一度飛び込んできてほしいなと思う。株式会社インターンでは、僕含め、成功に飢えている人、何者かになるために夢中に努力している人が当たり前にいる。もちろん基準値を高めるには、他の環境もあると思うし、もっと基準値が高い企業もあると思う。だが、大きな企業ではできない、スタートアップの初期メンバーとして、プロダクトを世界最高の人財OSに築き上げた1人者になるのは、株式会社インターンしかない。その何者かになれる且つ、基準値を上げれる場所は本当に我ながら稀有だと思う。
最後は採用チックな話になってしまうが、今の現状で、このまま一生をなんとなく終わってしまうのは怖いけど、飛びこめていない人に本気で株式会社インターンは最強で最高な会社だと思う。
これから、株式会社インターンは、世界最高の人財OSを築くために、非連続な成長の中で飛躍していく。Q2T3を達成していく会社は日本のスタートアップでもそうない。それを現実で成し遂げていく過程にある会社に飛び込むのは、超エキサイティングで、最高な時間になると思う。
人々に喜びを届ける、世界最高の人財OSを築きます。