「メディコムの社員ってどんな仕事してるの?」「そもそも入社の決め手は?」など、なかなか見えてこなかったメディコムの「人」に迫る連載。記念すべき第一回を飾るのは、九州地区の営業を担当する伊田俊哉さんです。
ショップ店員からメーカー社員への転身。その理由は…
メディコムジャパンは2003年に設立した医療資材のメーカーですが、私の元はというと靴屋のショップ店員。言わば“畑違い”からのスタートでした。メディコムへ移る前に、今もクライアントの一つである代理店に勤めていたのですが、そこに来る前までは本当に何の接点もありませんでした。ただ医療だったり食品だったり、言わば「なくてはならないもの」に関わるって息の長い仕事になるんじゃないかなと。もちろんどんな仕事も社会には不可欠ですが、これから先を考えた時にメディコムのような会社が伸びていくのではと思い、入社を決めました。
九州への赴任にコロナ禍。何が起こるかわからない日々
なんかすごく優等生っぽい話をしましたが、正直なところ、メディコムに入れば地元の神戸から離れなくていいという目論見が大きかったんです(笑)。それなのに、異動を経てたどり着いたのはまさかの福岡。縁もゆかりもない九州エリアを前に、いざ赴任してからもしばらくは帰りたくて仕方がなかったです。今こうして10年も経つと、四半世紀をともにしてきた九州にも愛着を持ちますが…改めて、会社員って何が起こるかわからないですよね。
何が起こるかわからないと言えば、ここ2年以上続くコロナ禍も予想すらしない展開でした。私たちはマスクやガウンといった感染対策資材を扱っていますから、2年前はとにかく電話がすごかった!1日100件では済まなかったんじゃないでしょうか、病院に代理店に…。メーカーである私たちも常に何かが無い状態で、ひっ迫していました。同僚と他愛もない話をする余裕もありませんし、外出自粛の影響で気晴らしに出ることもできない。あの時期は本当にきつかったなと今も思い返します。
ここからがまた勝負!コロナ特需の明けたこれからに向かって
ただ、そうやって仕事があるのは有難いことでもありますし、きつい時期を乗り越えても「戦い」は終わりません。コロナ禍による特需、言ってしまえば仕事ができる・できないに関わらず数字が伸びていくような状態はもう終わりましたから。これからは時に自分が「攻め」の姿勢を取らなければなりませんし、以前のようにクライアント皆が大手を広げているとも限らない。各自のいつ・何をすべきか見極める力がますます問われているように感じます。
品質・価格に加えて「メディコムだから」と選ばれたい
コロナ禍の影響はまだ残っていて、特に私の担当する九州地区は出入りの制限が続く病院もあります。ただ、どんな形であれ“営業”は人と人との付き合いですから、これからも日々のやり取りで関係性を築くことを大事にしていきたい。商品は品質や価格などで選ばれていくものですが、その際も「担当が伊田だから」「メディコムなら安心だな」とブランド力・人間力で採用してもらえる立ち位置になれたらいいですよね。そして目指すは九州・沖縄エリアの売上UP。今は3名体制にもなったので、会社全体で目指す年商に向かって、九州・沖縄がそれを引っ張っていける存在になりたいです。