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安堵したのも束の間
入社直後に社運をかけたプロジェクト(詳細は#1)にアサインされた田中は、運命のような出会いで物件が決まり、意気揚々とプロジェクトの定例MTGに参加した。
部長:「無事に物件も決まったし、推しと一緒にゴハンできる番組をたくさん作れるね!」
田中:「まだ物件が決まっただけなので、内装工事とかスタッフ採用とかパツパツですけどね…」
部長:「とりあえず、月20番組くらいから始めて、春先には30番組くらいを観覧番組にしたいなー」
もう、新拠点が出来上がった先のことを考えているのかと唖然としている田中の横で、育休から復帰したばかりの太田は、久しぶりに聞く猪突猛進な事業の進め方に懐かしさと嫌な予感を感じながら気配を消そうとしていた。
部長「田中くんがパツパツっぽいから、太田さんよろしくね!」
太田(やっぱりきたか…)「私、まだ復帰して間もないのでみんなのスピードについていけないかも」
部長「キャストもお客さんも楽しめる番組をたくさん作らないと観覧スタジオを作る意味がないもんね!よろしくね!」
初めての子育て、時短勤務。子供との時間は大切にしたいけど、新しいことにどんどんチャレンジしたい気持ちはこれまでと変わらない、でも、本当に育休前のように働けるのか…期待と不安で心が揺れていたところに、気持ち良いくらい容赦のないアサインの仕方。そう、これがcookpadLive流である。太田はもはや清々しささえ感じていた。
環境のせいにしない
現在のcookpadLiveで人気のカテゴリの一つである、声優カテゴリを生み出した経験を持つ太田。アニメや漫画が禁止の厳しい家庭に育った太田にとっては、全く知識がない領域でとにかくアクションの量とスピードで成果を残してきた。なんとしてでもスタジオ観覧型Live「プラチナLive」のリリースに向けて新しい番組のキャスティングを進めなければ!焦る思いをよそに、我が子は今日もやんちゃに暴れている。
変わったのは自分の生活環境だけではない。有名人のキャスティングという仕事においても、コロナの影響で育休前とは全く違う世の中が広がっていた。「コロナが完全に収束しないと観覧は流石に…」「ましてや一緒にゴハンだなんて…」これまでの信頼関係でなんとか乗り切れるだろうと思っていたアテは全て外れ、観覧を伴うプラチナLiveのキャスティングは想像以上に難航した。
そんな状況を定例会議でフィードバックした太田に、幾度となく一緒に難局を乗り越えてきた社長や部長は自信満々の笑みを浮かべながらこうアドバイスした。
部長「大丈夫!太田さんならできる!」
社長「ピンチはチャンス!」
そうだった。この人たちは、人の話を聞かない環境なんて気にしない人達だった。
ゲームチェンジ
今までと同じことをやっていては、ピンチに飲み込まれるだけ。育休前のようにコツコツと行動を積み上げていく時間も今の私にはない。思い切ってやり方を変えてみよう!悩んでいても仕方がないと、太田は過去のキャスティングをもう一度見直した。
ん?あ!これいけるかも!
cookpadLiveのキャスティングにはいくつかのルールがあり、その一つが「好感度ではなく熱狂度」の高いキャストをアサインするというルールである。cookpadLiveの収益を上げるためには、わざわざアプリをダウンロードし、Live配信を見るためにwifiの繋がる環境を用意して(早く家に帰って)、無料で閲覧できる45分の間に有料機能に興味を持ってもらい、有料会員に登録してもらわないといけない。この煩わしいアクションをしてもらうためには、「ちょっと好き」レベルでは難しく、「この人のことが大好きで仕方ない」レベルのファンであることが重要で、さらにそういった熱狂的なファンを数百人から数千人も抱えている方でないと番組を黒字化することは難しい。
自ずと業界の第一線で活躍されている方々にお声がけすることが多くなっていた。
ただしこれはあくまで、サブスクリプション収入で番組を黒字化するために作られたルールだ。観覧スタジオでユーザーに提供する料理や体験料が新たな収益になるのであれば、今までのキャストよりもファン数は少ないが、事務所が注力している新人キャストなどにお声がけすることができるのではないか?
太田はルールを破ることにした。
観覧スタジオの座席(約40席)をしっかりと埋めることができる規模の熱狂的ファンが東京にいるキャストという新しいルールを作り、人気が出つつある新人キャストや、舞台俳優などこれまでアプローチしていなかった新しいカテゴリにチャレンジすることにした。
戦略が決まれば、アクションの量とスピードは誰にも負けない。早速、数百のキャスト候補へのアプローチを開始し、太田は、水を得た魚のように次々とプラチナLiveに賛同してくれる新キャストの番組を決めていった。
部長「太田さん、すごい!やっぱりできた!」
太田「ほんと諦めなくてよかったです!」
部長「そしたら、次は〜」
太田(…)
オープン直前にコロナが再燃
なんとかオープン時に20番組の観覧配信ができることになり、肩を撫で下ろしていた太田に更なる悲劇が襲い掛かる。オミクロン株の猛威である…(#3に続く)