「自由に働けそう」
「もっと稼げそう」
「好きな時間に、好きなことができそう」
最初は、そんな憧れから始まりました。
職人として現場で働いていた東嶋元暉さん。
朝早く起きて、現場に向かい、指示された作業をこなす日々。
ものを作るやりがいはあった。
でも、どこかで「このままでいいのか」という違和感もありました。
そんな時、目に入ったのが、起業していた兄の背中でした。
自分もあんなふうに稼ぎたい。
自由な時間とお金を手に入れたい。
今の環境から抜け出したい。
そう思って飛び込んだ営業の世界。
しかし、実際に入ってみて気づいたのは、自由とは楽をすることではなく、責任を背負うことだという現実でした。
今回は、職人から営業へと転身した元暉さんに、キャリアを変えたきっかけ、営業でぶつかった壁、そして今考える「本当の自由」について聞きました。
高卒から職人の道へ。現場で働いていた日々
東嶋元暉さんは現在24歳。
営業部でtoC向けの営業を担当しながら、チームマネジメントのサポートも行っています。
前職は職人。
高卒で社会に出てから、現場仕事をいくつか経験してきました。
「前職は職人で現場に出ていました。シャッターの取り付け、外壁のタイル貼り、土木作業員もやっていました」
高校卒業後、最初に選んだのは安定した職に就くことでした。
当時、兄が起業したタイミングでもありました。
ただ、家族の中には不安もありました。
「兄が起業した時に、最初はうまくいかないだろうという両親の不安もあったからこそ、僕はちゃんと職に就こうと思っていました」
兄が挑戦するなら、自分は安定した道を選ぶ。
そんな感覚もあり、職人として働き始めました。
作業者としての日々に感じた違和感
現場仕事には、やりがいもありました。
ものを作る。
手を動かして形にする。
自分が関わったものが目に見えて残る。
その面白さは確かにありました。
一方で、元暉さんの中には少しずつ違和感も生まれていきます。
「物を作ったりするのはすごくやりがいがありました。でも、言われたことや現場の指示に従って、ただこなすだけの日々でもありました」
自分は作業者になっている。
そう感じるようになりました。
もちろん、現場の仕事は誰にでもできるものではありません。
技術も体力も必要です。
それでも、当時の元暉さんはこう思っていました。
「これは誰にでもできる仕事なんじゃないか。本当に自分にしかできない仕事って何なんだろうと思っていました」
人と関わることが好き。
話すことも好き。
もっと自分にしかできない価値を出せる仕事があるのではないか。
そんな時、兄から言われた一言がきっかけになります。
「営業とか向いてるんじゃない?」
その言葉を聞いて、元暉さんは「確かに楽しそうだな」と感じました。
最初の動機は、正直に言えば「稼ぎたい」だった
営業の世界に興味を持った理由。
それは、最初から大きなビジョンがあったわけではありませんでした。
「最初は、お金を稼ぎたかった。これだけです」
職人時代の収入は、手取りで月30万円に届かないくらい。
年収にすると、だいたい360万円ほどでした。
安定はしている。
でも、収入の上限も見えている。
旅行に行きたい。
好きなものを買いたい。
もっと自由な時間が欲しい。
そう思っても、職人の働き方では難しさを感じていました。
「好きな時間に、好きなだけお金を使いたい。でも職人をやっていたら、時間的にも難しかったんです」
そんな時、身近にいた兄が起業し、自由に見える働き方をしていました。
その姿が、元暉さんには大きく映りました。
「兄の背中を見て、僕も何かそういう稼げることをやりたいなと思ったのがきっかけです」
兄のようになりたい。でも、自分には無理だと思っていた
兄が起業し、うまくいっている姿を見る中で、元暉さんは「自分もそうなりたい」と思っていました。
ただ同時に、「自分には無理だろう」とも感じていました。
特に、パソコンを使う仕事への苦手意識が大きかったといいます。
「パソコン系は本当に苦手で、学校の授業で触ったくらいしかありませんでした。自分にはできないだろうなと思っていました」
兄のように自由に働きたい。
でも、自分にはスキルがない。
パソコンも得意ではない。
本当にできるのか分からない。
そんな不安がありました。
それでも、最終的に職人を辞めるきっかけになった出来事があります。
職長を任されて、「この環境から逃げ出したい」と思った
職人として働く中で、元暉さんは一度、職長のようなリーダー役を任されたことがありました。
現場の作業だけではなく、ミーティングに出たり、人に指示を出したり、全体を見たりする役割です。
しかし、その経験が大きなストレスになりました。
「職長みたいな形で一度やった時に、すごく気を使うことが多かったんです。作業しているよりもミーティングに出たりすることが増えて、これ向いてないわ。と思いました」
現場で作業をしているだけの時とは違う負荷。
人をまとめる難しさ。
気を使い続ける日々。
その中で、強く思ったといいます。
「この環境から逃げ出したい」
その日、元暉さんは兄に連絡しました。
「俺もこの仕事辞めて、そっちに行きたい」
それは、きれいな決断ではありませんでした。
前向きなビジョンだけで踏み出したわけでもありません。
むしろ、最初は逃げに近かったといいます。
「逃げから始まったと思います。でも、そうしないと自分は行動しないタイプだと分かっていたので」
環境を変えるために、まず今の場所を離れる。
そこから元暉さんの転身が始まりました。
自由そうだと思って飛び込んだ世界で、最初にぶつかった壁
営業やSNS系の仕事に対して、元暉さんは最初「自由そう」というイメージを持っていました。
職人時代は、朝早く起きるのが当たり前。
だからこそ、SNS系の仕事は、もっと自由に働けるように見えていました。
「昼まで寝て、午後にちょっと仕事をするだけで、安定して収入が得られそうなイメージがありました」
しかし、実際に入ってみると、そのイメージは大きく変わります。
「自由って責任なんだな、というのを一番感じました」
それまで正社員として働いていた時は、毎月決まった給料が入っていました。
仕事があることも、収入があることも、ある意味では当たり前でした。
でも、個人事業主として営業の世界に入ると、当たり前ではありません。
自分で価値を提供しなければ、収入は生まれない。
成果を出さなければ、お金は入ってこない。
「仕事があるのって当たり前じゃないんだな、という最初の壁にぶち当たりました」
最初の2ヶ月は成果が出なかった。それでも続けた理由
営業の世界に飛び込んだ元暉さん。
しかし、最初の1ヶ月、2ヶ月は思うように成果が出ませんでした。
「最初の1ヶ月、2ヶ月は全然結果が出ず、向いてないんじゃないかと思いました。」
営業の世界では成果を出してこそ評価され、自分にも返ってくる。
自由に見えていた世界は、同時に、自分の行動と結果がそのまま返ってくる世界でもありました。
「やめようかなと思いました」
それでも、元暉さんは続けました。
理由は、"悔しさ”です。
「誰にも価値提供できていないなというのが悔しかったんです。負けず嫌いなところもあるので、もうちょっと頑張ってみようと思いました」
ただ思うように稼げないことが悔しかっただけではありません。
誰かの役に立てていない。
価値を届けられていない。
自分が何も生み出せていない。
その悔しさが、もう少し頑張る理由になりました。
現場作業員だった自分だからこそ、伝えられることがある
職人から営業へ。
一見、まったく違う仕事に見えるかもしれません。
しかし、元暉さんは今、職人時代の経験が営業にも活きていると感じています。
特に、自分と同じように「自分にもできるのか」と不安を感じている人に対して、自分の経験を伝えられることが強みになっています。
「現場作業員だった僕でも、こうやって価値提供できたり、喜んでもらえたり、成果を出してもらうところまでできたので、飛び込めば人はやれると思っています。」
特別なスキルがあったわけではない。
パソコンが得意だったわけでもない。
最初から営業に自信があったわけでもない。
それでも、環境に飛び込んで、向き合っていく中で少しずつ変わっていった。
だからこそ、同じように不安を抱える人に対して、リアルな言葉で伝えられるものがあります。
「何もなかった自分でもできた」という経験は、営業において大きな説得力になっています。
ゴールを決めれば、やるべきことが見えてくる
営業をする中で、元暉さんが大事だと感じているのが「ゴール」です。
「ゴールはめっちゃ大事ですね」
最初は、明確なゴールがありませんでした。
だからこそ、迷うことも多かったといいます。
でも、ゴールを決めることで、そこから逆算してやるべきことが見えてくるようになりました。
元暉さんが掲げているゴールの一つは、タワーマンションに住むこと。
「僕はタワマンに住むというゴールをまず決めています。まだ達成していないですけどね(笑)」
シンプルな目標かもしれません。
でも、自分が本気で欲しい未来を明確にすることが、日々の行動を変えていく。
何のために頑張るのか。
どこに向かっているのか。
今の行動は、その未来につながっているのか。
それを考えることが、営業の成果にもつながっているといいます。
「何よりもこうして挑戦できる環境があるのは本当にありがたいですね」
「会社に貢献することが自分の成長にもつながっている感覚を持てています」
不安は、可能性があるから生まれる
これから新しい一歩を踏み出そうとしている人に、元暉さんはこう伝えます。
「不安はあると思います。僕も最初はめちゃめちゃ不安でした」
職人を辞める時も、不安はありました。
営業を始める時も、不安はありました。
最初に収入がゼロだった時も、不安はありました。
でも、元暉さんは不安をこう捉えています。
「不安という感情は、可能性があるからこそ生まれる感情だと思っています」
何も可能性がなければ、不安にはならない。
たとえば、今の環境を変えようと思っていなければ、「自分にできるかな」「失敗したらどうしよう」と悩むこともありません。
でも、少しでも変わりたいと思って動き出した瞬間に、不安も出てきます。
それは同時に、自分の未来が変わる可能性が生まれたということでもあります。
「まず一歩動いてみる。その選択が新しい可能性を生むと思うんです」
不安があるということは、そこに可能性があるということ。
だからこそ、怖くても一歩踏み出してみる価値がある。
元暉さんは、そう考えています。
自由は、楽をすることではなく責任を持つこと
元暉さんが最初に求めていた自由は、時間とお金の自由でした。
好きな時間に働きたい。
好きなものを買いたい。
旅行にも行きたい。
もっと自由になりたい。
その気持ちが、転身のきっかけでした。
でも実際に営業の世界に飛び込んで分かったのは、自由には責任が伴うということです。
誰かが仕事を用意してくれるわけではない。
誰かが成果を保証してくれるわけでもない。
自分が価値を提供しなければ、収入は生まれない。
「自由って責任なんだな」
この実感こそ、元暉さんがこの環境で得た大きな学びです。
本当の自由とは、好き勝手にすることではない。
自分で選び、自分で責任を持ち、自分で未来を作っていくこと。
その形に、元暉さんは今、少しずつ近づいています。
最後に
職人として現場で働いていた元暉さん。
最初は、兄の背中を見て「稼ぎたい」「自由になりたい」という気持ちから営業の世界に飛び込みました。
でも、そこで待っていたのは、楽で自由な世界ではありませんでした。
最初の2ヶ月は思うように成果が出なかった。
仕事があることのありがたさ。
価値提供できない悔しさ。
自由には責任が伴うという現実。
そのすべてに向き合う中で、元暉さんは少しずつ変わっていきました。
今の環境から抜け出したい。
自分にも何ができるのか試してみたい。
時間とお金の自由を手に入れたい。
でも、不安でなかなか踏み出せない。
そんな人にこそ、元暉さんは伝えたいと言います。
不安は、可能性があるから生まれる。
まず一歩踏み出すことで、未来は動き始める。
その一歩が、あなたにとってのカジュアル面談かもしれません。
少しでも興味があれば、ぜひ一度お話ししましょう。
▼ カジュアル面談はこちらから
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■会社情報
社名:MODE-1 PARTNERS株式会社
住所:東京都中央区日本橋富沢町10番13号 WORKEDITION NIHONBASHI 4F
代表者:岩世祐生
事業内容:グロース支援/事業構築・営業・マーケティング支援
公式HP: https://m1.satellite-holdings.co.jp/