世界を代表する会社を創る。
その実現に向けて、日本トレカセンターは今まさに事業と組織を急拡大させています。
「トレカ×テクノロジーで、感情を動かす体験を届ける。」
トレーディングカードという領域にテクノロジーを掛け合わせることで、これまでにない新しい価値を生み出しているスタートアップです。
変化し続けながら、10倍・100倍の価値創造を目指す組織。
そんな環境で今回話を聞いたのは、プロダクト部でPdMを務める宮本さん。
21歳。ダンスでギネス記録に貢献し、eスポーツの世界に飛び込み、TikTokの170万再生をきっかけにキャリアを切り開いてきました。
理由さえあれば行動が先に来る、そんな人でした。
「理由作り」で家族を説得し、上京した高校時代
宮本さんの出身は長野県。
小学生の頃からダンスを本格的に習っており、めちゃイケの長野代表としてステージに立ったこともあります。大手飲料メーカーのCM出演では、ギネス記録の達成にも貢献しました。
「大したことないんですけど、呼ばれたらやる、みたいな感じで。」
謙遜する口ぶりとは裏腹に、著名アーティストのミュージックビデオへの出演経験もあります。
ただ、宮本さんにとってダンス以上に人生を動かしたのが、高校進学のタイミングで決断した上京でした。
きっかけは、好きだったeスポーツチームの運営に関わりたいという思いです。
ただそれだけでは家族を説得できません。
そこで組み立てたのが「エンジニアになりたい。なるためには、東京の専門学校に通うしかない。自分の性格上、オンラインでは絶対に続かないから。」という論理でした。
「理由作りみたいなところで来た、って感じです。」
上京後は通信高校と専門学校を掛け持ちしながら、高校2〜3年生の頃には目当てのeスポーツチームに業務提携的な形で加わります。代表のカバン持ちから、スケジュール管理や会食への同行など、経営の近くで動く経験を積みました。
専門学校ではエンジニアの授業を受け始めたものの、1ヶ月で見切りをつけます。
「エンジニア向いてないと思って逃げて。気になる授業だけ受てたんですよ、マーケティングとかデザインとか。」
その中で出会ったのが、プロダクトマネージャーの授業でした。担当していたのは、現在大手企業でプロダクト開発を率いる現役PdMです。
「プロダクトマネージャーかっこいい、みたいな。それで憧れの職種になって。」
好きなものを追いかけるための理由を、自分で作り出す。
その発想の柔軟さが、宮本さんらしさのひとつです。
就活か、大学か。決め手はTikTokの170万再生
eスポーツチームでの活動が落ち着いてきた頃、宮本さんは自分の課題に気づき始めます。
多くの大人と関わる中で、社会人としてのスキルが自分には足りていないと感じました。
「社会人としてのスキルが全然なくて。一回ちゃんと社会に出た方がいいと思ったんですよ。」
就職か、大学か。
選んだのは就職でした。決め手はシンプルです。
専門学校で学んだマーケティングの授業をもとに、自分でTikTok動画を作って投稿したところ、170万再生を記録しました。
「マーケティング面白い、みたいな。そういう安直な理由で広告代理店に入りました。」
ただ、その会社は大卒以上しか採用していませんでした。ここでも宮本さんは、理由を作るのではなく行動そのもので突破します。
「社長にDMして、遊びに来ていいよって言ってもらって。まずはバイトって形だったらいいよって。」
そこからインフルエンサー管理・営業・社内DXと幅広く経験し、最終的にPdMに就任。
約2年間、プロダクトマネジメントの実務を積み上げました。
前職でのPdMは、自社サービスの機能改善を仕様化してエンジニアに渡すという役割が中心で、コードそのものには触れていなかったといいます。
「これ、パチンコみたいなやつじゃないの?」第一印象は正直だった
宮本さんに転職の意思はありませんでした。
ただ3年間働く中で、自分の市場価値を確かめてみようと、エージェントに登録します。
送られてくるのは、大手・高条件の求人ばかり。
「年収1500万出すから、とかいっぱい来るんですけど。俺じゃないぞ、みたいな。」
そのほとんどを見送る中、あるエージェントの担当者からたった1社だけ紹介されたのが、日本トレカセンターでした。
第一印象は、正直なものでした。
「ホームページ見たら、クリーンそうだな、トレカの会社か。でもオリパって出てきて、これ、パチンコみたいなやつじゃないの?って思って。」
しかし話を聞くうちに、印象は変わっていきます。
信頼性と透明性を世の中にきちんと伝えていきたいというビジョン。そして「世の中の買い物をエンタメ化する」というコンセプト。
ちょうど宮本さん自身が感じていた、「決めるのが面倒で、誰かが決めてくれるなら乗る」という若者の心理と重なる部分がありました。
「求人見てこんなにワクワクしたの、初めてだなって思いました。」
心が動いても、すぐには応募しませんでした。
求められるスキルへの不安があったためです。
日本トレカセンターへの入社を目標に据え、前職で約2ヶ月間、PdMとしての動き方を本気で実践してから、応募・内定承諾へと進みました。
「入った瞬間クビになるレベルじゃないだろう、って思えたので踏み出しました。」
準備してから飛び込む。
行動力だけでなく、その手前の踏みとどまり方にも、宮本さんらしさが表れていました。
「フェラーリで来た」上司の存在
入社後、宮本さんが最も驚いたのは上司にあたる小川さんの存在でした。
「車で例えると、軽自動車くらいかなと思ってたら、いや軽じゃないよって言われて。じゃあ普通の乗用車かと思ったら、ゴリゴリのフェラーリだったみたいな。期待値がどんどん上がって、想像を超えてくる感じでした。」
初期メンバーということもあり、各部署の動きを把握しながら、プロダクトのある案が企画のどこに刺さるか、そこからさらにどこへ波及していくかまで話せる。
自分たちが想像していなかったところまで影響を考えられる思考の広さに、驚かされたといいます。
「頭の回転がめっちゃ速いのと、視野がめちゃめちゃ広い。本当にすごいです。」
宮本さんが今描いている目標は、プロダクトだけでなくオリパ企画や役員業務まで幅広く担う、小川さんのような動き方です。
事業全体をリードできるプロダクトマネージャーになりたいと、はっきり口にしていました。
小川さんのインタビュー記事全文はこちらから👇
【JTCC People#26/取締役】「ようやく、スタートラインに立てた」取締役が語る、AIと未来への本気。 | 日本トレカセンター
年齢も経歴も、聞かれなかった
入社前に用意していた企画を社内プロジェクトに提出したところ、実際に議論の場に乗りました。
「1個のポッとしたアイデアを、大人が本気で壁打ちしてくれる環境があって。そんなに挑戦させてもらえるとは思ってなかったです。」
21歳でPdMを任されるという状況は、決して一般的ではありません。
前職では、若さゆえに周囲からの見られ方に違いを感じることもあったといいます。
ここでは、年齢や過去の経歴に関係なく仕事を任せてもらえる。それが、想像していなかったギャップでした。
社内の雰囲気についても、見学時のイメージとは違っていたそうです。
「思ったよりみんな明るくて、あったかいな、みたいな。」
一方で、変化のスピードには面食らう場面もあるといいます。カオスな環境の中で、自分から動かなければすぐに置いていかれる感覚があると、正直に話してくれました。
「一旦やってみて、合わなければやめればいい」
これから入ってくる人に、どんな人と働きたいかを聞きました。
「自分から挑戦できる人ですね。変化のスピードが速いので、自分からいろいろ挑戦していかないと置いていかれる。何でも自分ごとで考えられる人がいいと思います。」
そして、これから入ってくる人へのメッセージも聞かせてくれました。
「一旦やって、合わなそうだったらやめてもいいと思うんですよ。2〜3週間やって合わないかもと思ったらやめていいんで、一旦入ったらいいと思います。」
行動してから考える。その姿勢が、宮本さんという人そのものでした。
「どこまでできるか試したい」という気持ちを持て余している人にとって、この環境はきっと面白いはずです。
まずは一度、話を聞きに来てみてください。