「自分じゃなくてもできる仕事なんて意味がない」──。
アパレル業界で約10年間勤務し、販売員として西日本1位の売上実績を誇るセールスとして活躍した小林さん。その後、EC事業や商品管理など本社業務を経験した彼が選んだ次なる挑戦の場は、未経験の業界であるマナリンクの新規事業企画部でした。彼がこれまでのキャリアで培ってきた仕事観や、日々激しく変化する環境で感じる仕事の面白さ、マナリンクで叶えたい未来について詳しくお話を伺いました。
小林 甲大 / 新規事業企画部
建築系の工業高校、高専、国立大学の土木学科を経て、新卒で大手ゼネコンへ入社し現場監督を務める。その後、日本発ブランドを世界に発信するファッションカンパニーへアルバイトとして入社し、最短で正社員へ昇格。販売員として個人売上西日本1位を獲得しスターセールス表彰を受けた後、EC事業部や商品管理部を経験。100年続く法人営業会社を経て、株式会社マナリンクの新規事業企画部に入社。クリニック開業プロジェクトや障がい者雇用、組織改善施策など多岐にわたる事業開発を担当している。
アパレル業界で数値にコミットした10年間。自分にしかできない仕事へのこだわり
──はじめに、これまでのキャリアの歩みについて教えていただけますか?
私は建築の工業高校から高専を経て、国立大学の土木学科へ編入しました。卒業後に新卒で入社したのは大手ゼネコンです。現場監督として最初に配属されたのが、山梨県の山奥にあるトンネル工事現場でした。最初は一軒家を借りて男5人での共同生活からスタート。2ヶ月後には工事用のプレハブへと移動したのですが、自分の部屋はわずか3畳の広さしかありませんでした。
──新卒1年目でかなり過酷な環境ですね。そこからキャリアの転換に至った経緯を教えてください。
その後新しく来られた上司からの指導は非常に厳しく、肉体的にも精神的にも追い詰められる日々が続いたのです。悩んだ末に人事部に相談して本社に異動したものの、この業界は自分には向いていないと感じ退職を決意しました。
当時の私は、高校選びも就職先も、周囲に勧められるがまま進んできた部分があったのです。自分の意志で人生を意思決定してこなかったという強い違和感を抱いたのが、キャリアを見直す大きな転機となりました。「これからは誰かに決められた道ではなく、自分が選んだ道を自分の手で正解にしていこう」と心に誓いましたね。
──そこからアパレルの世界へ飛び込まれたのですね。
自分が覚悟を持って選んだ道で生きていこうと決断し、昔から好きだった服の世界へ飛び込みました。アルバイトからでも構わないという覚悟を持ち、日本発ブランドを世界に発信するファッションカンパニーの店舗で販売員としてのキャリアをスタート。そこからはとにかく売上数値に徹底的にコミットし、結果として、入社から2ヶ月で契約社員、半年で正社員へ昇格するという、当時としては最短のスピード昇進を果たせました。
──販売員として、さらに圧倒的な実績を残されたと伺いました。
大阪・梅田で店長を務めた後、別の店舗で店長を任されました。そこで春夏シーズンに個人売上3,100万円以上を達成し、個人売上で西日本1位という大きな結果を作ることができたのです。
売上を伸ばせた理由は、ブランドの服の魅力だけに頼るのではなく、自分という人間を売り込む接客スタイルを確立したからです。当時は業界でも先進的だった、社用携帯が支給されてお客様と直接LINEを交換する、という会社の制度をフル活用しました。服の情報だけでなく、おしゃれなカフェの紹介などプライベートな雑談も交えて等身大の自分で向き合ったのです。
その結果、「小林さんに会いに来ました」と言ってくださるお客様がどんどん増えていきました。まさに、自分だからこそできる価値提供を実感できた瞬間でしたね。
──現場で圧倒的な成果を残された後、本社業務へとキャリアを進め、最終的にアパレル業界を離れる決意をされた理由を教えてください。
東京の渋谷パルコのオープンに合わせて副店長として異動し、1年後に店長を務めました。合計で6年間販売員を務めた後、本部へ異動し、ECサイトの運用や商品管理を4年ほど経験。EC事業部ではモデルやカメラマンの手配、Photoshopでの加工など、本当に何でも担当しました。
しかし、商品管理部に異動して1年半ほど経った頃、毎週同じように数値をチェックして在庫を動かすルーティン業務が多くなって...。仕事にやりがいはありましたが、「この仕事は自分じゃなくても、誰でもできるのではないか」という思いが頭をよぎるようになりました。
もう一度、自分だからこそできる価値提供がしたい。そして同じことを繰り返すのではなく、常に変化して自己成長できる環境に身を置きたい。そう考えて次の挑戦を決めました。
一度は辞退するも人に向き合う姿勢が忘れられず再応募。誰と働くかが決め手に
──転職活動ではどのような軸で会社を選ばれていましたか?
視野を広げるために全く新しい営業経験を積みたいと考え転職活動をし、歴史のある法人営業会社とマナリンクの2社から内定をいただきました。
マナリンクは非常に好印象だったのですが、最終的には地元大阪に本社があり、創業100年以上という安定性を優先して法人営業の会社へ入社。しかし、実際に働いてみると古い風土で型にはまった業務が多く、これ以上自分が成長していけるイメージが持てませんでした。
結局、半年間で退職を決意したのですが、その際に真っ先に頭に浮かんだのがマナリンクでした。一度お断りしたにもかかわらず、もう一度挑戦したいと強く願うほど、最初の面接での感動が心に残っていたからです。
──面接の中で、具体的にどのような部分に惹かれたのでしょうか?
最初にお会いした人事の方は、私の10年の職歴を単なるスペックとして見るのではなく、「これまでの10年間でどんなことを考えて仕事をしてきたのか」「何を大切にしてきたのか」と、人として深く向き合って話を聞いてくださいました。
代表の小野さんとの面接でも、私が前職で働いていたTOKYO BASEをご存知で、ファッションの話や、好きなYouTube、興味のあることなど、一般的な面接では考えられないような対話をしてくださったのです。経歴ではなく私自身を見てくれているのだと強く実感しました。
退職を決めた時も「もう一度挑戦するなら、あの温かい会社しかない」と自分の意志で再び電話をかけると、半年近く経っていたにもかかわらず電話口で「あの時の小林君だね」と覚えていてくださり、すぐに再面接の機会をいただけました。
一度辞退した私にチャンスをくれた会社で、自分の手で結果を出して、この選択を絶対に正解にしてみせる。その強い覚悟が湧いてきました。誰と働くか、人を見てくれる人がいるかが何より重要であり、自分の直感を信じてマナリンクに戻って本当に良かったです。
枠にとらわれず何でもやる。激しい変化と突発的な課題を楽しみながら価値を生み出す
──現在の新規事業企画部での具体的な役割や業務内容を教えてください。
新規事業企画部は、一言で言えば決まった形がなく、何でもやる部署です。入社以来、約8件のクリニックや薬局の新規開業プロジェクトを主導してきました。開業に向けた市場調査や物件選定、価格交渉、各種申請、施工会社との折衝、開業後のトラブル対応までを一貫して担当しています。
それだけでなく、コンサル会社と連携したグループ全体の障がい者雇用の推進、マーケティングスクール構想、睡眠クリニックに置くリカバリーウェアの開発、さらにWantedlyの運用や、社内改善のための組織エンゲージメントプラットフォームの導入、タレントマネジメントシステム、採用管理システム(ATS)の検討・導入など、事業の枠にとらわれず多角的なプロジェクトを全て自ら進めています。
──未経験の領域であるクリニック開業や医療、不動産の知識はどのようにキャッチアップされたのですか?
正直、入社当初は知識がほとんどありませんでした。高校が建築科で前職がゼネコンの現場監督だったので、建物や図面については多少の知識があり、それが今の開業プロジェクトにも少しだけ活きています。とはいえ医療や不動産は未知の世界でしたので、分からないことは徹底的に自分で調べ、それでも分からなければメーカーさんや設計会社様、不動産会社様に聞いて勉強しました。何より大切にしているのは、休日でも街を事業を作る視点で歩くことですね。
表参道や自由が丘などを歩く時も、「次に出店するならどんな場所がいいだろう」「なぜこのビルにこの診療科目のクリニックが入っているんだろう」と考えながら、テナント看板の写真を撮ったり周辺環境を観察したりしています。
また、大阪出身の土地勘を活かし、梅田にしかないクリニックの出店先として、集客の見込める心斎橋や難波での展開を自ら提案しました。現在はその心斎橋での出店プロジェクトが実際に稼働しています。新規事業部は正解が最初から用意されている仕事ではありません。だからこそ、自分の行動で一つひとつ正解を作っていくこと自体を楽しんでいます。
──社長である小野さんとの距離の近さや、仕事の進め方についてはいかがですか?
現在、席が小野さんのすぐ隣なのですが、本当にトレンドや課題解決に対してスピード感のある方です。常に最新の情報やトレンドにアンテナを張り、より良いアイデアがあれば即座に方針をアップデートしていく柔軟さがあります。
例えば、昨日小野社長が「〇〇というサービスが気になるから話を聞いてきて」と言い出し、翌朝には私がもうその担当者にヒアリングを行っている、というようなスピード感です(笑)。その変化や急に振られる課題に対して臨機応変に対応し、クリアできた時に大きな達成感と楽しさを感じます。
特に今年の3月以降は、社長へ直接報告・相談してプロジェクトを推進する体制となりました。自分で判断して行動する場面が急激に増えたことで、責任感や意思決定のスピード、多くの関係者を巻き込んで物事を前に進める推進力が、自分でも驚くほど一気に向上したと実感しています。
事業部を拡大し、互いに刺激し合える仲間と2031年のオフィス移転を目指す
──今後の個人、そしてチームとしての目標を教えてください。
短期的な目標としては、現在1人で動かしている新規事業企画部を組織化し、メンバーを増やして自分がマネージャーとしてチームを引っ張っていける存在になることです。
中長期的な目標としては、代表の小野さんが掲げている「2031年に新宿駅直結のビルへオフィスを移転する」という構想を実現させることです。小田急電鉄が建設している駅直結ビルへの移転を計画しており、募集は800坪、坪単価から試算した家賃は月額約4,000万円という非常に大きな規模の目標です。
この家賃を、自分たちが立ち上げた新規事業の利益だけで支払えるような、付加価値の高い事業部を作りたいと考えています。池袋、心斎橋、熊本などの開業プロジェクトを着実に成功させ、会社の成長に大きく貢献していきます。
──最後に、どのような方にマナリンクへ来てほしいか、候補者へのメッセージをお願いします!
未経験であっても全く問題ありません。大切なのは指示を待つ受け身の姿勢ではなく、指示された枠を超えて自ら「この考えはどうですか?」と発信し、一緒に切磋琢磨できる主体性です。
マナリンクはスピード感があり、常に変化し続けている会社です。決められたルールや型にはまるのが嫌な方、スピード感をもって新しい挑戦を楽しめる方なら、間違いなくやりがいを感じられる環境です。
私自身も「あの時、直感を信じてマナリンクに戻ってきて本当に良かった」と心から思っています。自分で考え、選んだ道を力強く正解にしていけるあなたと議論し、刺激し合える日を楽しみにしています。ぜひ一緒にマナリンクの未来を作っていきましょう!
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