【社員インタビュー:HR事業部】2年間のニートから、拠点長・エリア長へ。「いつ死んでもいい」と思っていた男が、ミツカルで初めて“未来”を描けた理由。
「かつての僕は、他人の目や世論ばかりを気にする“他人軸”の塊でした」
そう自嘲気味に笑うのは、2025年に参画した林 彰太郎。 ガリ勉、バンドマン、そして2年間のニート生活。32歳にして社会人歴5年という、決して順風満帆とは言えないキャリア。しかし、どん底のニート生活で「親にお金を出してもらうダサさ」を痛感し、不退転の覚悟でベンチャーの世界へ。
そこからわずか数年でエリア長まで駆け上がった彼が、なぜ安定した役職を捨て、ミツカルという「夢を語る大人たち」の輪に加わったのか。その真意に迫ります。
HAYASHI SHOTARO
【略歴】 大学中退、バンド活動、ニート期間を経て人材ベンチャーへ。未経験から2年で拠点長、4年でエリア長を歴任。2025年、石川・昇の熱烈なヘッドハンティングを受けミツカルへ合流。現在は中途・新卒の採用担当を務める。
「才能がない」と悟ったツアーの夜。そして始まったニート生活
〔これまでの私〕
千葉県船橋市生まれ。一人っ子。10歳ころから眼鏡をかけ始めた絵に描いたガリ勉。エアコンが苦手で夏はエアコンが効かない廊下で遊んでいて親がよく心配していた。
両親が共働きだったため祖父母によくかわいがってもらっていた。転じて小学校の職場見学は老人ホーム。
水泳、合気道は中学まで続けた。今じゃなにも覚えてないけど。最寄りの高校の県立船橋に受検で落ち、その4倍距離のある日大習志野に進学。
勉強しかしてこなかったため高校デビューを心に決め、コンタクトデビュー。あの日が人生で最も緊張した日かもしれない。
念願の初彼女を高1の夏にゲットも翌年3月に振られる。人生どん底。友人からバンドに誘られ、少年の衝動を発散していた。そこからバンドで生きていく!と学校も行かずフリーターになったが、結局大学に進学。
プライム上場企業→ニート→人材ベンチャー→ミツカル。32歳なのに社会人歴5年目。。。2年間ニートしていたため同世代に追いつくためには実力主義の会社に入る必要があった。
前職では営業未経験から2年目に拠点長、4年目にエリア長を経験。広報 SAKURA(以下、S): ガリ勉からバンドマン、そしてニート。かなり極端な人生を歩まれていますが、何がきっかけだったんですか?
林(以下、H): ずっと「他人軸」だったんです。親が厳しいから勉強し、流行っているから髪を伸ばし……。バンドも友人に誘われて始めましたが、あるツアー中に圧倒的な才能を持つバンドを目の当たりにして「あ、自分には才能がないんだ」とポッキリ折れてしまった。その後は2年間、親に申し訳なさを感じながらも、何も手につかないニート生活を送っていました。
S: そこから、どうやって這い上がったのでしょうか。
H: 結局、一番の原動力は「ダサい自分への嫌悪感」でした。30歳手前で親に頼る自分を変えたくて、実力主義のベンチャーへ。そこでは「後がない」という恐怖心がガソリンになり、無我夢中で成果を追い求めました。
オフィスに直接電話がくる「執念」のスカウト
〔入社理由〕
キューピットは田さん。ヘッドハンティングの電話が前職のオフィスにきた。林さんいます?とオフィスに来たら電話出ざるを得ん。。。
そこまでやる会社はなかったため面白いと思い面談承諾。石川さんが出てきて、はじめは案件の紹介を受けていた。
石川さんが北海道で仕事の時に無理して札幌まで会いに来てくれた。その時はまだ自分は札幌で働きたかったため引き続き案件紹介を受ける流れに。
ただその後昇格に伴い宇都宮異動に。それを聞きつけた石川さんが飛んできて気づいたらミツカルに誘われていた。断る理由を一つひとつ潰され、
大人が夢を語っている姿がキラキラしていたし、これだけ素晴らしい人が人生かける組織の一員になりたいと思った。S: 前職でエリア長として活躍されていた林さんを、ミツカルはどうやって口説いたんですか?
H: 石川さん(CHRO)からのヘッドハンティングだったのですが、なんと前職のオフィスに直接電話がきたんです(笑)。「ここまでやる会社があるのか」と驚きましたね。その後、石川さんが北海道まで会いに来てくれたり、宇都宮に異動したタイミングを見計らって石川さんが飛んできたり。
S: 凄まじい執着心ですね(笑)。
H: 正直、断る理由をすべて潰されました。でも一番の決め手は、大人が本気で夢を語る姿がキラキラして見えたこと。これだけ素晴らしい人たちが人生をかけている組織なら、僕も一緒に賭けてみたい。ポジションも聞かずに入社を決めました。
「いいところしか見えない」弱さを、強みに変える
S: 現在は人事・採用を担当されていますが、ご自身の課題はどこにありますか?
H: 僕は人の「いいところ」ばかり見えてしまって、採用のプロとしての“見極め”がまだ甘いんです。でも、石川さんはそんな僕に期待してくれている。今は、石川さんの期待に応えることが最大のモチベーションです。石川さんは、僕にとっての次の「獲物(目標)」ですから(笑)。
S: 素敵ですね(笑)。林さんはかつて「いつ死んでもいい」と仰っていましたが、今はどうですか?
H: ミツカルに来て、初めて「将来」を描けるようになりました。1年で借金を完済し、2年後には採用を仕組み化し、いずれは子会社のCHROとして、関わるメンバー全員の給与を1200万以上にしたい。そんな「おもろい人生」を本気で目指せるようになりました。
野望:10億の家で、キツネと暮らす
〔私の野望〕
常に本気で仕事をしてきたが、目の前のことに全力投球しかしてこなかった。いつ死んでもいいと本気で思っていたし、
後悔しないように一日一日をやりきることを信条としていた。ミツカルに入ってから将来像を描くことができるようになった。
そんなこと思ってもいいのかな?と少しでもチキる人は向いていない。1年後に300万の借金をなくし、
2年後はカジュアル面談=飲み会にしその場で内定通知がしたい。どんどん成長する会社は人材不足が最も解決しなくてはならない課題。
ミツカルを創るのは人であり採用は鳥獣用。私の息がかかった人たちだけで事業部を作りたい。子会社化してそのCHROとして経営目線で事業を見る。
3年後には軌道に乗せその社員全員の給料を1,200万以上にする。4年後には10以上の子会社を経営し100億の資産を作る。
ミツカル卒業後は両親に死ぬまで生きられるリソースを提供し、やりたいと思ったことをやる。死ぬときに我ながらおもろい人生だったと笑いながら死ぬのが野望。S: 最後に、林さんの究極の野望を教えてください!
H: 圧倒的に稼いで、北海道に10億の家を建てて、キツネを5匹飼うことです!……というのは半分冗談ですが(笑)、そのくらい振り切った経済力を手に入れて、両親が死ぬまで好きに生きられるリソースを提供したい。死ぬ時に「我ながらおもろい人生だったな」と笑って死ぬ。それが僕の、他人軸ではない、自分だけの夢です。
採用担当より
「他人の意見に左右されやすい自分」を素直に認め、それを「誰よりも人の期待に応える力」に変えた林さん。ニート時代の苦しさを知っているからこそ、彼の言葉には重みと優しさがあります。10億の家と5匹のキツネ。その壮大な夢が現実になる日は、そう遠くないかもしれません。