【社員インタビュー:新卒2年目で管理職】25歳で年収1000万を射程に捉える、元野球エリートが語る“未知数ベンチャー”の熱狂。
「かつては、大手企業の内定を勝ち取ることだけが正義だと思っていました」
そう語るのは、2024年に新卒入社し、瞬く間に社労士部門のリーダーへと昇り詰めたYUHIさん。 甲子園を目指した高校時代、そして華やかな東京での大学生活を経て、彼が選んだのは「未知数のベンチャー」でした。
入社わずか1年でチームを率いる立場となり、25歳での年収1000万という目標ももはや通過点。最短距離で「何者か」になろうとする彼の、戦略的なキャリア選択と仕事観に迫ります。
TANI YUHI
【略歴】 岡山県出身。倉敷商業高校、駒澤大学と野球一筋15年。2024年4月、新卒でミツカルに入社。社労士部門のキャリアアドバイザー(CA)として頭角を現し、新卒2年目で管理職に就任。
大手内定ゼロ。城之内代表との出会いで「人」に賭けると決めた
〔これまでの私〕
岡山県倉敷市に生まれ育つ。幼少期は女の子に間違えられるくらいの顔立ちで、保育園では周りに女の子が集まるような環境で育った。
しかし、小学校に入って50m走が圧倒的に周りより遅く、「小学校では足が速い男がモテる」という現実を突きつけられた。そこで悔しさを感じたことが、のちに自分を変えるきっかけとなった。
小学2年生の夏、兄の影響で野球チームに入団。そこからは野球に打ち込み、高校では4番打者として最後の大会に出場。決勝戦では、ツーアウト満塁の場面で打席が回ってくるものの三振。あと一歩のところで甲子園を逃す悔しい経験をした。
大学は駒澤大学に進学し、プロ野球選手を目指して上京。しかし東京での生活の中で野球中心の生活は崩れ、遊びに没頭する日々を送るようになる。その後就職活動では、「大手企業に行きたい」という思いだけで選考を受け続けた結果、内定は0という厳しい結果に終わった。
そんな時、東京で働いていた知人の紹介でミツカルと代表・城之内に出会う。
城之内の語る未来のビジョンやスケールの大きさに衝撃を受け、「この人と一緒に働きたい」と強く感じた。周りから何を言われても関係ない。
自分はミツカルで城之内と働きたい。そう思い、ミツカルへの入社を決めた。広報 SAKURA(以下、S): 谷さんの就活時代は「大手志向」だったと伺いました。
谷(以下、Y): はい。「大手に行けば注目される」という理由だけで受けていましたが、結果は全敗。そんな時に紹介されたのが、ミツカル代表の城之内さんでした。ZOOMで話した瞬間、「なんだこの人は、どこまで未来を見ているんだ」と衝撃を受けて。「俺についてこい!」という圧倒的なカリスマ性に惚れて、直感で入社を決めました。周りには「就活逃げたんだろ」と言われましたが、どうでもいい。この人たちと「死ぬほど働いて、死ぬほど遊びたい」と思ったんです。
理想は「谷さんが言うなら」と言われる究極の信頼関係
S: 現在、CA(キャリアアドバイザー)として圧倒的な成果を出されていますが、秘訣は何でしょうか。
Y: 候補者の方と「どれだけ深い関係を築けるか」に尽きますね。共通点を見つけて徹底的に仲良くなり、条件を超えて「谷さんが言うなら、その会社を受けてみます」と言ってもらえる信頼を築くこと。 以前、半年かけて並走した優秀な候補者の方が、13社の内定を蹴って僕の紹介した企業に決めてくれたことがありました。あの時の喜びは、何物にも代えがたい「介在価値」を実感した瞬間でした。
S: コミュニケーションにおいて意識していることは?
Y: 抽象的なビジョンと、圧倒的な「具体性」を交互に話すことです。上司の上原さんの話し方を見て、相手を納得させるには熱量だけじゃなく、徹底した具体化が必要なんだと学びました。
新卒2年目で管理職へ。年収1000万への最短ルート
S: 新卒2年目で管理職。25歳で年収1000万という目標も現実味を帯びていますね。
Y: 25歳での達成は、自分の中でマストだと思っています。ただ、管理職(マネージャー)になると個人としての歩合給はなくなります。正直、自分で売る方が稼ぐのは楽かもしれませんが、あえて管理職の道を選んだのは「下を育てるため」です。チームを勝たせられるようになれば、自分はまた次の、もっと面白いステージへ行ける。そのために、今は組織を率いる立場として数字にコミットしています。
野望はミツカルで走り切った先にある「居酒屋」
S: 将来は居酒屋をやりたいという夢、今も変わっていませんか?
Y: 変わりません。でもそれは、50〜60代になった時の「老後の楽しみ」です。ミツカルで稼ぎ切り、資産を築いた後に、若者の悩みを聞きながら美味い酒を出す。そんな場所を岡山で作りたい。そのためにも今は、ミツカルで死ぬほど働いて、誰よりも経験を積みまくる時期だと思っています。
〔私の野望〕
自分がチームを引っ張り自分のチームがミツカル内で1番の成績を残す。 全社キックオフの時に城さんが「ミツカル〇〇」というのをたくさん作っていきたいと言っていたが、
僕は「ミツカル居酒屋」を作りたい。何十年先の話になるかわからないが、 「楽しいことがあった時、嬉しいことがあった時、 嫌なことがあった時はここでお酒を飲みたい」
そんな風に思われる居酒屋を経営したい。モットーは「死ぬほど働いて死ぬほど遊ぶ」採用担当より
「大手志向」を捨て、実力主義のベンチャーで牙を研ぎ、新卒2年目で管理職へと駆け上がった谷さん。彼が語る「信頼関係の築き方」や「マネジメントへの覚悟」は、若手とは思えない凄みがありました。25歳で1000万――その通過点の先にある彼の未来が、今から楽しみでなりません。