私は看護師です。
4年生の看護大学を卒業した後、総合病院に勤務しました。
その後、美容クリニックに4年在籍し、2025年ニフジに入社しました。
多様なバックグラウンドを持つ人が集うニフジですが、
医療従事者から入社したのは、私が1人目です。
振り返れば、私自身もニフジ入社前にWantedlyの記事を読み、
「こんなキャリアの選び方があるんだ」と視野が広がったことを覚えています。
このインタビューを通して、医療従事者をはじめとする専門職の方々の、
キャリアチェンジの参考になれば嬉しいです。
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私は日本で生まれ育ちましたが、両親は韓国人です。
父は韓国の医師で、幼い頃から単身赴任が続いていたため、母と兄、そして私の3人で過ごす時間がほとんどでした。
韓国の家庭観は、日本とは少し異なる部分があります。
たとえば、家族であっても目上の人には敬語を使うこと。
家族に対して意見をすると、反抗と捉えられてしまうこと。
食事も年長者から順番に手をつけること。
昭和の日本なら、このような家庭観は少なからずあったかもしれませんが、
平成に育った私の周囲に、同じような環境の人は1人もいませんでした。
また、幼少期は名前がきっかけとなり、いじめや差別に遭うこともありました。
無視や暴力が日常的にあり、時には先生から理不尽な扱いを受けることもありました。
さらに、家庭の経済状況も安定していたとは言えず、
学校で必要なものを買えないことも何度もありました。
これらの要素が積み重なり、
当時は、ただ「早くここから抜け出したい」という気持ちが強かったように思います。
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進路選択で看護師を選んだのは、
都立看護専門学校であれば学費負担を抑えられると知ったことがきっかけでした。
結果的に進学したのは、父の母校であり、私自身が生まれた大学になりました。
自ら選んだ道ではありましたが、学費を賄うためアルバイト中心の4年間になりました。
1日12時間近く働きながら、授業と実習、試験をこなす日々。
睡眠時間はほとんど取れず、正直かなり無理をしていたと思います。
それでも、「ここでやめるわけにはいかない」という気持ちで乗り切り、
看護師免許を取得しました。
卒後は、二次救急の急性期病棟に勤務しましたが、
ちょうどその頃は、美容クリニックが急速に発展した時期でした。
総合病院は年功序列の色が強く、
管理職になるのは40代、50代が一般的です。
一方で美容クリニックは、ベンチャー気質が強く、
年齢に関係なく、成果や姿勢で評価される環境でした。
自分の努力次第で、もっと早く成長できるかもしれない。
そう思い、最初のキャリアチェンジを決断しました。
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美容クリニックでは、さまざまな経験を積みました。
特に、手技に関しては、
これ以上上達しないと思えるほど突き詰めることができたと思います。
また、患者様対応の面でも評価をいただき、
VIPのお客様や、対応が難しい方を任されることも増えていきました。
役職も順調に上がり、研修制度の設計やマニュアル作成、
部下のマネジメントなどにも関わるようになりました。
振り返ると、入社当初に思い描いた以上の成長を遂げられた4年間でした。
ただ、最初から順調だったわけではありません。
入社当初は、手技もうまくいかず、思うように施術を行えないこともありました。
落ち込むこともありましたが、
自分で選んだ環境だからこそ、ひとつずつやり切ろうと決めていました。
その積み重ねが評価と、成長につながったのだと思います。
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20代後半に差し掛かった頃、
このまま美容クリニックでキャリアを積み上げていくのか、
それとも新しい領域に挑戦するのかを考えるようになりました。
マネジメントに関わる中で、
売上や組織の仕組みといったビジネスの一端に触れる機会が増え、
そこに面白さを感じるようになっていました。
一方で、看護師という立場のままでは、
ビジネス全体を理解することには限界があるとも感じていました。
そこで、次は総合職として働いてみたいと考えるようになりました。
とはいえ、どんな仕事があるのかも分からない状態だったため、
転職エージェントに登録し、その中でニフジを紹介されました。
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面接を受けるまで、「医薬品商社」の具体的な業務イメージは持てませんでした。
ただ話を聞く中で、医療を外側から支える立ち位置に惹かれました。
医療は人と仕組みの両方で成り立っていると、
現場で実感していたからだと思います。
また、ニフジはまだ整いきった組織ではなく、
自分で考えて動く余地があることも魅力的に映りました。
さらに印象的だったのは、面接で話をした代表の姿勢です。
医療に関わる社会課題に対して強い当事者意識と使命感を持って取り組まれている点に、医療従事者として共感しました。
その想いを楽しそうに、熱量を持って語られていたことも印象的で、自然と心が動いたことを覚えています。
何より、この社会貢献性の高い事業に、
専門職出身者も主力として関われる余地があることにワクワクしました。
現在、私は営業として顧客対応をしながら、
業務の仕組みづくりにも関わっています。
まだ課題は多く、特にスピード感への対応や時間の使い方は改める必要がありますが、
医療現場の経験が活きる場面も多く、違う形で医療に関われている実感があります。
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これまでを振り返ると、特別な才能があったわけではありません。
ただ、環境に関係なく、
「やると決めたことをやり切る」
それを続けてきただけだと思っています。
せっかくの社会人生活を、漠然と生きるのではなく、
仕事を通じて成長しないともったいない。
そんな気持ちを持った方々と一緒に働けたらと願っています。