こんにちは!フォーバル広報担当の谷口です。
今日はついに!弊社の社長に、仕事に懸ける想いから今の学生に伝えたい気持ちまで、本当にざっくばらんに話を聞いてみました。
あなたの進路に関わる重大なヒントが隠れているかも…?
中島將典(なかじま まさのり)プロフィール
1987年に新日本工販(現フォーバル)に入社後、取締役・代表取締役副社長を経て、2010年に代表取締役社長に就任。2000年代初頭から経営コンサルティング事業に注力し、情報通信コンサルティング事業を展開している。
目次
採用理由は「握手と血液型占い」
成果がすべての世界。入社後2年でトップセールスへ
逆も真なり!楽しさは緊張感の裏側にある
~次回予告~
採用理由は「握手と血液型占い」
谷口:本日はよろしくお願いいたします!早速ですが、なぜフォーバル(当時の新日本工販)に入社しようと思ったのですか?
中島:私は小学校1年生から大学4年まで、ずっと剣道一筋でやってきました。体育会系の剣道部に所属していたこともあり、周囲の就職先は教員や警察官、自衛官といった公務員が一般的でした。特に警察や教員になる先輩が多かったですね。
ただ私は、長年そのような環境に身を置いてきたからこそ、少し違う道に進みたいという思いが強くありました。部の主将も務めていたのですが、「過去の踏襲をそのまま続けるのではなく、自分なりの変化を加えたい」という考えを持っていました。その延長で、就職も公務員ではなく民間企業を選びました。
本格的に就職活動を始めたのは大学4年の秋でした。受けたのは2社で、そのうちの1社が現在のフォーバルの前身である新日本工販です。面接では創業者の大久保と話しました。
非常に印象的だったのが「血液型の質問」と「握手」でした。
どうやら大久保自身が血液型占いにハマっていたようで…。「君はO型か、私はA型。相性がいいね」と言われ、剣道経験者である私でも驚くほどの強い握力で握られたのを覚えています。握手は当社の文化の一つなのです。
結果として、もう一社からも内定はいただいていましたが、最終的にこの会社を選びました。当時は血液型も採用基準のひとつになっていたのか、私の同期にはB型の人が一人もいませんでした(笑)。今となっては笑い話ですが、それも含めて非常にユニークな出会いだったと思っています。
成果がすべての世界。入社後2年でトップセールスへ
谷口:そこから営業の道に進まれたのですね?
中島:そうです。右も左もわからない中で飛び込んだ営業の世界は非常にシンプルで、「契約を取れば評価される」「取れなければ厳しく叱責される」という、分かりやすい成果主義の世界でした。当時は昭和の時代でしたから、言葉も行動も今では想像できないほど激しかったですが、逆に言えば契約を取れば自由に時間を使える。それが私にはとても快適に感じられました。
実際、私は1日2時間ほど集中して仕事をし、成果を上げることで、残りの時間をすべて自分の成長や興味に使うことができました。その効率性を追求する過程で、「どうすればより短時間で契約にたどり着けるか」と考えるようになり、自ら工夫する習慣が自然と身につきましたね。
ーーー結果、有難いことに2年でトップセールスまで駆け上がり、その後は部門責任者になりました。
また、当時の会社は「実力主義」を掲げており、成果を出せばすぐにポジションを与えてもらえる環境でした。そのおかげで若いうちから様々なビジネスシーンに携わることができた。加えて、上場を果たしたばかりのタイミングで世間からも注目されていたため、ソフトバンクの孫さんやパソナの南部さんなど、今では誰もが知る起業家たちと同じ場で学べたことは、自分にとってかけがえのない経験になりました。
谷口:早くから活躍されていたのですね!実は私も営業経験があるのですが、どうも売り上がる時と波に乗れない時の落差があって…。
どのように中島社長は営業として早期に成果を出されたのですか?
中島:子どもの頃から「自分のやりたい方向に自然と人を巻き込む」という力があったのかもしれません。中学時代からキャプテンを任され、周囲に「こっちの方が楽しいよ」と語りかけて、気づけば人がついてきている。営業もそれに近いもので、良い商品を知らない人に「これ、使った方がいいよ」と伝えるだけ。難しく考える必要はなかったんです。
だから私は、営業とは「美味しいものを食べたら、友達にもすすめたくなる」ようなものだと思っています。いい商品であれば、無理に売り込む必要はない。自然と伝わっていく。そんな感覚でやってきたことが、結果につながったのだと思っています。なので、営業をやるのに難易度が高いと思った事はないです。
本人が良いって思えるものは必ず売れますよ。
谷口:営業の本質かもしれないですね…確かに私も、美味しいものはすぐ周りの方にシェアします!
逆も真なり!楽しさは緊張感の裏側にある
谷口:支店を取り仕切った後、8年後には取締役に就任されたのですよね?
中島:そうです。8年経って会社全体を取り仕切るという形になってからの一番の違いは、やはり「使える権限の大きさ」、会社から渡されるリソースがより大きいものになったということです。
営業として一人で完結する商談とは異なり、役員としてはもっと大きな構想を、もっと広いフィールドで進めていく必要があります。
たとえば当時、私たちの情報通信サービスを全国へ広げるにあたって、従来のように拠点をひとつずつ展開していくのではスピードが足りない。そこで日本を8つの地域に分けて、その地域ごとに影響力のある企業と合弁会社を立ち上げ、ジョイントベンチャーの形で事業を展開することにしました。彼らは地元のネットワークと信頼を、私たちは情報通信のノウハウを提供するという関係です。
ただ、このような大企業とのパートナーシップを成立させるには、中小企業の社長にOA機器を導入してもらう営業活動とは比べ物にならないほど、複雑な調整と情報共有が求められます。意思決定にも多くの関係者が関与し、当然、責任の重さや失敗できない緊張感も格段に増す。その分、挑戦の醍醐味や面白さも大きくなりました。
「人物・金・情報・時間」の多くを、使う形になるので、より結果や責任を問われるわけですよ。その緊張感がまあ楽しくて!
新しいことをやるときってワクワクドキドキするじゃない?
そういう意味で言うと、会社の年数が立つほどに仕事をする時間が増えました。
ジェットコースターだって、怖いという感覚と楽しいという感覚が入り混じるでしょ?逆も真なりという言葉があるけれど、表を感じたら裏も感じるということ。
ほどよい緊張感や恐怖感があるから勇気が必要になるでしょ?
勇気を持ってやったことは結果に興味が持てるんですよね。勇気も何にもない状態でやったことは大して結果に興味が湧かないんだよ。それでジェットコースターが好きになった人はもっと怖いものに乗りたいってどんどんエスカレートしていく。
逆に「ジェットコースター嫌だ!」と思うことも1つの決断。何か新しいことをやることで未来が変わるのです。
いずれにしても、「何かをやってみる」という行動が、未来を変えるきっかけになるのだと私は思っています。
~次回予告~
中島社長が語る「新しいことに挑戦する重要性」。次回では、地方の中小企業を創生するために必要不可欠な「企業ドクター」という職業の未来についてさらに掘り下げていきます!
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次回のインタビューで、インターンシップの詳細もお伝えしますので、ぜひお見逃しなく!