This page is intended for users in Singapore. Go to the page for users in United States.

【インターン生インタビュー】「日本、ルクセンブルク、ブラジルで過ごした日々が思い描く、多様性を認められる優しい未来予想図」

「好奇心の方が勝ってしまったんですよね」

日本、ルクセンブルク、ブラジルと3カ国で過ごしてきた吉川はさらりと言ってのける。
千葉県で生まれた吉川は小学5年生までは日本で時間を過ごすも、親の転勤によりルクセンブルクで過ごすことになる。中学2年生には一度日本へ帰国するも、高校生からはブラジル、サンパウロと多感な時期をほとんど海外で過ごしている。今でこそ怖いもの知らずの吉川も向こうへ移ってからは不安な日々が続いたようだ。

「先生も友達も何を言っているのかわからなかった」

日本を飛び立つ前は不安や恐怖よりもワクワク優っていたが、いざ現地に到着すると言葉の通じない日々に不安を募らせていた。授業にもついていくことができず、遊ぼうにもコミュニケーションをとることができない。

孤独感は日に日に増していった。

このままでは海外に来た意味もないと、英語の勉強を小学5年生時点で中学3年生までの勉強を完遂。
みんなとのコミュニケーションも円滑になった頃、親の転勤により日本へ帰国する。

「正直、行きたくはなかった」

中学2年生に日本に戻り、高校受験も無事第一志望に合格したタイミングでブラジルへの転勤が決まったのだ。過去より付き合いのある友人たちと時間を過ごしたのもつかの間、合格していた高校を辞退しブラジルの学校へと通うことを決意する。



「海外を知り、多くの文化に触れ、様々な人を救える自分になりたいと思った。」

月並みかもしれないが、海外での日本ではできないような経験が今の自分を形作っているという。
ルクセンブルクでは身振り手振り、自己表現をしなければ誰にも認められず、帰国してからは周囲の空気を読みながら調和を重んじなければ認められず、ブラジルは自分らしく純粋に楽しさを求めた。

多様な価値観に触れたことで人に優しく、様々な違いを受け入れることができるようになったという。



「チャンスがあったら本当はピンチかもしれないが蓋を開けて見なきゃわからない。」

大学生になってからは積極的に自分がやったことのないことに挑戦を続けた。
将来的に、人体の後遺症を解決する手段としての人体拡張を目指してロボットの分野を専攻する傍ら、起業の準備を進めたのだ。

投資家周り、イベントの開催、アプリの作成と様々なことを実行。途中メンターがいなくなってしまったり、創業メンバーが離脱してしまったりと思わぬ困難に見舞われながらもなんとかやってきた。

「なにもできない自分に気がつく」

様々な挑戦をしたからこそ、何もできない自分に気がつく。
そこで実際に起業する人と働こうという気持ちが芽生えpopteamへのジョインを決めた。



「いろんな人の問題を解決できる愉快なチームを作りたい」

自分の軸をしっかり持ち、ブラさずに物事を推進できる人と働きたいです。
理想のチームは個々人の強みが際立って、弱みを補い合えるような関係で居られると良いなと思います。

popteamは本当にいろんなバックグラウンドのメンバーが揃っているので、少しでも気になった方は是非お話ししましょう。というのが吉川のメッセージだ。

株式会社popteam's job postings
2 Likes
2 Likes

Weekly ranking

Show other rankings