自分の身体をコントロールすることは自分の人生をコントロールすること。
2020年5月28日、インスタライブ上でそう力強く語ったBLAST代表・石井リナが発表したフェムテックブランド「Nagi」は、瞬く間にSNSで話題を呼んだ。
Twitterのタイムラインは一時、女性たちからの悲鳴にも近い歓喜の声で溢れ、発注数も1日で900枚、1週間で2,000枚を超え、現在は予約待ちになっている。女性たちからの反響が大きかったのは、吸水性の高さや手入れが簡単な点など、機能性の高さはもちろんだが、
「パッケージが可愛すぎてパケ買いした」
「インスタライブで写っていたオフィスの雰囲気もオシャレで、世界観が統一されている」
など、Nagiのコンセプトやデザインによるところも大きい。
ロゴやカラーなどのブランドアイデンティティやパッケージ、ウェブサイトなどはどのように作られていったのだろうか。
今回はBLAST代表・石井リナと、Nagiのブランドアイデンティティの構築やグラフィックデザインを担当したデザイナー・Juri Okitaに、クリエイティブ周りの制作秘話や大切にした想いなどについて話を聞いた。
好きなものやコンセプトに共感し、意気投合
石井がデザイナー・Juriの存在を知ったのは、Nagi構想以前のこと。BLASTで配信していたコンテンツのリサーチ中にインターン生から聞いたのがきっかけだったという。
Juriは高校卒業後にニューヨークの美大でグラフィックデザインを学び、ニューヨークと日本のデザイン事務所での勤務を経て独立した、というグローバルな経歴を持つ。ポートフォリオを見た石井は「日本では見かけない色彩感覚」を感じ、「いつか一緒にお仕事をしたい」と想いを募らせていたと言うが、Juriの国際色豊かなバックグラウンドは文字通り彼女の作品の色になっているのかもしれない。
Nagiプロジェクト立ち上げに際し、会うことになったふたりは、初回のミーティングで急速に距離を縮めることになる。そのきっかけとなったのは、お互いの好きなブランドだった。
石井が好きなセクシュアルウェルネス系ブランド「maude(マウド)」のデザインをJuriが創設期メンバーの一員として取り組んでいたことや、双方が海外のD2Cブランドやエージェントのアカウントを多くフォローしていたことを知り、お互いの好きなブランドについての話に花を咲かせたのだという。取材中も当時を振り返りながらブランドの話でひと盛り上がりする。その様子だけを切り取ると、親しい友人同士のおしゃべりのようにも見えるほどフランクな印象だ。
Juriに対して「1話して10伝わる」感覚の共有しやすさを感じた石井は「Nagiのクリエイティブをお願いできる人は彼女以外にいない」と確信。石井の打診に、Juriもほぼ二つ返事でOKしたという。
国内外の大手レストランやカフェなどのブランドアイデンティティの構築やデザインを手がけてきたJuriが、Nagiのクリエイティブ全般を担うことに決めた背景には、BLASTの取り組みやNagiの発するメッセージに共感したところが大きい。
「女性にとって選択肢の少ないカテゴリーで選択肢を広げるというNagiのコンセプトに強く共感しました。Nagiはフェムテックブランドですが、日本はそれ以外の分野でも選択肢が少ないと感じる場面がすごく多かったので、そうした問題に一石を投じるブランドのクリエイティブに携われることはすごくうれしかったですね」
(左:石井リナ 右:Juri Okita )
日本における選択肢の少なさの例として、Juriは自身の大学受験の経験を挙げる。Juriが通っていた大阪郊外の高校では海外進学という選択肢がなく、教員に満足に相談もできないような状態だった。働き方に関しても、フリーランスの認知が広まりつつあるものの、ワンパターンの域を脱し切れてはいない。
そういったJuri自身の問題意識と、国内外で培われてきた感性とスキル、そして石井率いるBLASTおよびNagiのコンセプトが合致し、ふたりは晴れてタッグを組むことになったのだった。
細部までこだわりぬいたクリエイティブのヒミツ
機能性の高さと並んで、Nagiのプロダクトを象徴する「デザイン」の秘密にも迫っていきたい。多くの女性にとって馴染みやすく、しかしチープではない知的なデザインはどのようにして生まれたのだろうか。
今回、Juriが担当したのは、ブランドが伝えたいメッセージを明確にしたものを指す「ブランドアイデンティティ」「パッケージ」「ホームページ」「説明書」など、多岐に渡る。
石井がブランドのコンセプトやステイトメントをまとめ、それを踏まえてJuriからブランド側へ質問をし、グラフィックやデザインのコンセプトに落とし込んでいく、というスタイルは同じだが、セクションごとに進め方は少しずつ異なる。
たとえば、ブランドアイデンティティは、コンセプトやターゲット層をデザインにどう落とし込むかを踏まえて、Juriが3種類のコンセプトを提案。それに伴う世界観とデザインイメージを選び、そこからブラッシュアップを重ねたという。
▲実際にあった提案のひとつ
特に気を配ったのは、身体のかたちにインスパイアされた「曲線」。ロゴマークのNの斜め線部分に使用していたり、文章のスタイルを波で表現しするなどしてブランドのメッセージをデザインに落とし込んだほか、親しみやすさと若くなりすぎないデザインのバランスには特に心を砕いたという。
▲パッケージ写真 ( Juri Okita撮影・ディレクション)
筒状のパッケージに関しては、家に置いておいてもいいと思えるようなものを意識した
「受け取った人に喜んでもらいたい」「ゴミにならないようにしたい」という想いがあった。
「Nagiをはじめる際に、まず身体にまつわることをポジティブなものに変換したいという思いがありました。このパッケージやポストカード(説明書)のおかげで、初めてくるのが楽しみになったという嬉しい言葉もたくさん頂きとてもうれしく思っています。
また、海外では下着姿のセルフィ―を投稿している方もたくさんいますが、日本ではハードルが高いのではと考えていました。SNSでシェアしてもらいやすくするためにはどうしたら良いかも考慮し、パッケージにもこだわりました」
▲ポストカード/説明書の写真 ( Juri Okita撮影・ディレクション)
そのほか、ポストカードにした説明書の紙の材質や、カードに散らばる粒状のグラフィックの量、筒状パッケージ裏のシールの色、フォントの位置など、ここでは挙げきれないほど細部の修正を数回ずつ重ねて、現状のポストカードが完成したのだという。
筆者もBLASTのコンテンツ制作に長く携わらせてもらう中で、石井がイメージする世界観への、とりわけグラフィックへのこだわりの強さを感じる機会は多々あった。ちょっとした違和感も見逃さず、妥協せずに向き合っていく石井の”モノづくり精神”をリスペクトしながらも、彼女が納得するアウトプットを出せるクリエイターを探すのはなかなか難しいだろうとも感じていた。
石井の意向もあり、「答えにくいかもしれないけれど、正直なところ大変なこともあったのでは」と水を向けると、Juriはこんな風に答えてくれた。
「もちろん時間がかかったところもあるんですけど、それはお互いにいいものを出したいと思うからなので。一クリエイターとして、細かな部分まで詰めて考えてもらえてうれしかったです」
プロ意識が高いふたりが同じ場所を目指した結果、出来上がったものがNagiなのだ。Juriの確かな口調に、そんなことを思った。
▲HPの写真ホームページは、webページのレイアウトを決める設計図にあたるワイヤーフレームをブランドチーム側で作成し、Juriが細かな修正を加えていった。
「穏やかな日々を過ごせるように」という、Nagiのステイトメントを表現するために余白をあえて残したほか、情報の配置や見やすさを特に意識して設計したという。
真剣に。でも「好き」も「楽しい」も忘れない
こうした過程を踏み、制作期間1年半後にローンチしたNagi。冒頭にも触れたように、瞬く間に売れてしまったことについて「あれほど売れることは織り込み済みでしたか」と尋ねると、目を合わせて笑うふたり。いいものをつくったという矜持を胸にしていたふたりにとっても、1週間で2,000枚という数字は想定外だったようだ。
SNS上の反応を見るに「吸水ショーツのパッケージとは思えない」といった声も多く、パッケージや世界観がユーザーの心を動かしたのは間違いない。その一翼を担ったJuriに発売当日の想いを尋ねると、こんな風に答えてくれた。
「素直にすごいなぁと思いました(笑)。こういう商品の誕生が待たれていたんだなと。Nagiの商品は自分でも使いたいと思っていたので、そうした商品のメッセージをクリエイティブを通じて伝える役目が果たせていたらいいなと思いましたし、まだまだできることはありそうです」
商品到着後は「痛みは変わらないけど、Nagiを使う楽しみができた」という使用感に関するポジティブな意見もあったと石井は顔をほころばせる。
目下、予約分の増産や対応に追われているNagiだが、今後はどのようなものをつくっていきたいと考えているのだろうか。石井に今後の構想を尋ねてみると、こんな風に答えてくれた。
「NagiはゆくゆくPMSにまつわるプロダクトやデリケートゾーンのケア用品など、女性がもっと自分の身体に向き合いやすくなるようなプロダクトを展開していきたいと思っています。
ただ、Nagiとは別の個人プロジェクトで、いつかまたブランドを立ち上げられたらいいなと。ブランドづくりは本当に大変ですが、誤解を恐れずに言えばすごく楽しかったんです。また何か新しく立ち上げをするなら、Juriちゃんにお願いしたいと考えています。現実的にはまだ何も考えられていませんが、ベビーグッズやペットグッズのブランドとかも可愛いだろうなと妄想してます(笑)」
そう石井が言うと、JuriはすかさずiPhoneを出し「ペットのブランドなら、こういうカラーリングはどうですか?」と言って見せ、それに対して「そうそう、私の中で黄色とオレンジのイメージだったんだよね」と石井。
真剣な話をする中でも、ふたりの会話からは「好き」や「楽しい」といったポジティブな感情が感じられた。社会問題やファッション、セックスをすべてフラットに扱うことがBLASTないし石井の大きな特徴のひとつだが、今回Nagiのクリエイティブを手がけたJuriもまた、そうしたマインドを持ったひとりなのかもしれない。
文・編集:佐々木 ののか 写真:三澤 亮介
Juri Okita Profile
日本で高校卒業とギャップイヤーの後単身ニューヨークへ渡り、Fashion Institute of Technology (ニューヨーク州立ファッション工科大学) にてグラフィックデザインを学ぶ。卒業後はNYのブランディングエージェンシーとデザインスタジオ、東京の外資系広告代理店に勤務し、複数のスタートアップやレストランとフリーランスのデザイナーとしても活動。デザイン事務所のメンバーとして、またフリーランスデザイナーとして様々なクライアントのブランドアイデンティティーのリサーチからコンセプト提案、実際の印刷物やウェブのデザイン展開まで幅広くプロジェクトに携わった経験を生かし、独立後も主に日本やNYのブランドアイデンティティー構築に注力する。