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【私たちの転職】20代教育を人生かけてやりたいと思った3つの原体験-母のムチャブリ/両親の3つの教え/一度死にかけた話し(名古屋オフィス・西尾)

皆さんには今の仕事をやっている”原体験”はありますか?
原体験とは「現在の考え方や価値観を形成するに至った大きな経験」です。

「20代教育を人生かけてやりたいと思った”原体験”に気づけた」
という声を上げてきたのが、昨年10月より名古屋オフィスで活躍している西尾健(ニシオタケル)
(過去記事:【Wantedlyからの中途採用事例】体育会系水泳部→某有名100円ショップ店長→アウスタ名古屋オフィスの仲間へ!

その彼の原体験、それが20代の教育への熱意にどのように結びついているのかインタビューをしました。

「教育の素晴らしさ」に気付かせてくれた”母のムチャブリ”

・今回のインタビューは”20代教育に人生をかけるキッカケになった原体験”について気付けた、ということですが.......

はい、3つ話したいことがあります。
「母のムチャブリ」「両親の3つの教え」「一度死にかけた」
です。

・なるほど......では最初の「母のムチャブリ」から聞いていきましょうか。

もともと私の家族、兄弟が多いんですよ。5人兄弟。
私が長男で、2歳下に弟、4歳下に妹、8歳下に双子の弟たちがいて。

両親が土日関係ない働き方だったので、土曜日で学校がなく子供が全員家にいるときは
「これみんなで食べといてね」
と母が何かを作り置きしていってくれてたんですよ。

でも、ごくまれに特別なシチュエーションがあって......
「食べるものないやんけ!」
というときがあったんですよね......

・食べるものがないやんけ、というパターン......?それはどういうことですかね?

小5ぐらいのときですかね、ある土曜の昼食べるものが無かったんですよ。
慌てるじゃないですか、子供5人いて食べるものが無いと、どうすればええんや、と......
「おかん、食べるものないんやけど」
と私が母に電話したら、母は
「買ってきてあるよ」
と。

「いや、ないやん。冷蔵庫にもないしテーブルにもないし」
私がいうと、
「あるでしょ。カレーのルーが。あとニンジンじゃがいも玉ねぎあるでしょ」
と、母が.......

あ、あぁ......長男である私がカレーを作って4人兄弟で食べろ、と。
これが母のムチャブリです。

・なるほど......

それでなにしたかというと、自分がご飯炊いたり家庭科の経験を思い出してカレーを作るわけですよ。
そこで、嬉しかったのが2歳下の弟の成長なんですよね。
弟って頑張っている兄ちゃんを見るとなんか自分もやらなきゃみたいになるみたいで、勝手に料理をする私の横にきて、勝手に見て学んで、手伝ってくれて自分も料理出来るようになる......
そういう経験から、何か自分が関わって人が成長していくのが楽しい、見ていて心地いいと感じて。
それで今「教育」をやっていきたいと思っているんだと。

・そういったお母さんのムチャブリが結果的に「教育の素晴らしさ」に気づくことになったいうわけですね。

両親の3つの教え=コミットしろ/自分で決めなさい/やばくなったら連絡しろ

・母のムチャブリについて聞きましたが、次は「両親の3つの教え」。
どんなことをご両親から教えてきてもらったのか、まず聞きたいです。

この3つの教えは、社会人になって採用の仕事をするようになってから、気付いていたら大事にしていたことに気付けたんですけど.......

1つ目は「チンタラやるな。ダラダラするな」
父から言われていたことなんですけど、意訳をすると「やるんだったらやれと、やる気ないんだったらすぐやめろ。コミットしろ」ということ。

2つ目は「やりたいことは自分で決めなさい」
これは母の言葉で、要するに”やりたいことを選べる自分になりなさいよ、土台を作ろうね”ということですね。

3つ目が両親共通で「やりたいことをやって死にそうになったら電話してこい」
自分で抱えすぎるな、ということですね。そのまんまなんですけど笑

・この3つの教えは分かりました。どのように仕事に活きていたのですか?

前職は、私の年下年上関係なくアルバイト採用をやっていたんですけども......
今になって気付いたんですけども、私は親の教えを踏まえて面接してたことに気付けて。
・やるのであれば本気でやって、一緒にお客様がハッピーになってもらえる店を作っていきたい
・頑張って成長して、自分の人生を選んでいけるようになりましょう
・やばくなったらいつでも店長である僕にふってほしい

というようにアルバイト面接をしていたんですよ。
それで50名以上採用したんですが、私が採用した人たちはちっとやそっとじゃ辞めなかったんです。
自分の成長のためにみんなやるから辞めないし、そういう良いメンバーが集まるから自然といい店が出来上がってくるというのが経験値としてありました。

・ご両親がずっと西尾さんに言ってくれていたことが、仕事で活かされていたと。

この両親の教え―チンタラやるな/自分で決めなさい/やばくなったら電話しろ、とても人材教育に通ずるものがあると思うんですよね。
だから自分が今アウスタで若者教育をやっていきたいんだ、というの自然な流れだと自分でも思ってます。

一度死んでもおかしくなかった、だから自分のやりたい20代教育をするためにアウスタへ

・「小5のときの母のムチャブリ」「両親の3つの教え」ときて、最後は「死にかけた話し」。
死にかけた......これはどういうことでしょうか?

社会人2年目の冬に死にかけたんですけど......

行きつけのBARがあって、そこの常連の経営者の人に
「仕事を本気でがんばりたいのなら、遊びも本気でやらなきゃあかん」
と言われたんですよ。

社会人2年目のとき仕事めっちゃ頑張っていて、休みの時も仕事のこと考えていたりしてて。
休まる暇が実際なくて、気付いたらめっちゃ疲れていたんですよね。
それで”遊びも本気で”と言われたもんだから、おかしくなったんですかね?
”WORK HARDからのPLAY HARDや!仕事本気で頑張りたいから遊ぶんや”という気合?で、メンタルも身体も疲れていた状態で、冬にレンタカー借りて一人で運転してスノボ行っていたんですよ。

・えっ......結構危なくないですか?

そうなんですよ。そのとても疲れている状態で、滑ったらヘトヘトになるわけですよ。
それである日スノボして、帰りの山道を運転したら「めちゃ疲れている......あかん、次のコンビニで休もう」と思っていたら、意識飛んで。
そうしたら道路沿いの溝に落ちて、標識にぶつかって、ミラーがパーーーンッ!とぶっ飛んで......

・それ下手したら死んでいたかもしれないですね......

あのとき仮に対向車が来ていてぶつかっていた死んでいてもおかしくなかったんですよ。
というか、一度死んでいるような感覚なんですよ。
それで考えるわけです「本当に俺がやりたいことはなんだ?」と。

・その本気で人生かけてやりたいことを見つめて、アウスタに行き着いたと。

「本当に俺がやりたいことはなんだ?」そう考えたら一社目で大企業は経験できたからももいいと。
これから大きくなっていくベンチャーで挑戦していきたいという気持ちが強くなって、転職活動をして。

それで「20代が輝く社会を作る」というアウスタに出会いました。
”20代でしっかりとした土台を作って人生の選択肢を増やそう”とうたっていて、自分が大事にしてきたものとリンクしていたし、なんだったら親からも言われ前職でアルバイト採用のときに訴えかけていたこととまるで同じや!と。
それでアウスタにエントリーして、採用してもらったというのがこれまでのストーリーです。

・幼少期の経験から「教育」の素晴らしさに気付いた。そして一度死にかけ、人生かけてやりたいことを考えたとき「20代の教育」に行き着いているということですね。

そうですね。
この自分のルーツ、原体験に気付けて自分自身とても、アウスタにいることに納得しています。
ブレない、と言ってもいいと思うんですけども。

今思うのは「明日から、また始まるのか!楽しみで仕方がないっ!」と思って仕事を全力で楽しんでやる人が少しでも増えたら、ということ。
そうなりたい人に面談という時間でサポートしています。
”こうやりなさい”と言うことはなく、”私はこのようにやっているよ”と実体験でお伝えして、自分のやりたいことを選んで人生をつくれる人を増やしていきたいと思ってます。

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