MoonShot創出を目指す研究開発組織「X」
「MoonShot」という言葉を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。この言葉の発端は1961年に遡ります。当時のアメリカの大統領ジョン・F・ケネディが、「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」という声明を発表したことから、「実現は困難であるが、もし実現すると絶大なインパクトをもたらす壮大な挑戦」といった意味で使われるようになりました。
現在はシリコンバレーを中心にビジネス界でも使われるようになってきています。 今回紹介するGoogleの研究開発組織「X」も、この「MoonShot」の創出を組織の目標としており、「一見すると無謀だが、実現すれば世の中に大変革をもたらすような革新的なアイディア」のビジネス化を目指す組織です。
これまでの「X」
「X」は、もともと「Google X」という名前で誕生したGoogleの研究開発組織です。
当時、Googleの研究開発組織としては「Google Research」というコンピュータ・サイエンス全般に関する組織など、複数の組織が存在していましたが、「Google X」はその中でも自動運転に特化した研究開発組織として設立されました。
設立時の責任者はGoogleのCo-Founderであるセルゲイ・ブリンで、設立時のブループリントには「重大な問題 (Huge Problem) を解決するため、飛躍的技術(Breakthrough Technology)を用いて、革新的なソリューション (Radical Solution) を開発する。」という記述があります。
実は、Co-FounderにはMITでロボティクスの博士号を取得している松岡陽子氏という日本人も存在しており、後の講演会ではセルゲイ・ブリンやラリー・ペイジから「初めの2年間に「5億ドル (500億円) 使っていい」と言われた」というエピソードを披露しています。Googleのファウンダーたちがこの研究開発組織にかける本気度が伺えます。
その後、2016年のGoogle社内組織改革に伴い、名称が「X」に変更され、Googleの持ち株会社Alphabet傘下の研究開発組織となりました。
セルゲイ・ブリンは責任者から退き、新たにアストロ・テラー氏が責任者として就任。テラー氏はこれまでに機械学習を用いた投資マネジメントや、ウェアラブルデバイスを利用した身体モニタリングを行なうビジネスなどで起業しているシリアルアントレプレナーです。
現在「X」では、組織内に複数のプロジェクトを走らせる形で、「MoonShot」を生み出すための研究開発に取り組んでいます。
「X」のイノベーション組織としての特徴
さて、ここからは「X」がイノベーション組織としてどのように優れているかを深掘っていきたいと思います。
前提として、多くの研究開発機関がそうであるように、「X」に関する公開情報は少なく、実態は謎に包まれています。ただ、アイディアをビジネス化するまでに機関内の「Foundry」という部隊が重要な役割を担っていることや、プロジェクトの出口として、Alphabetの傘下企業として独立させることなどが特徴的です。
シーズの発見
「MoonShot」の元となるアイディアは、おおよそ考えられうるすべての方法から集められているようです。
過去のインタビューなどからは、現責任者のアストロ・テラー、GoogleCo-Founderのラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリンはもちろん、全従業員からアイディアを募集しているという状況が伺えます。
また、学術論文のチェックや大小様々なカンファレンス参加なども「X」内で活発に行われており、アイディアの着想を得ているようです。
加えて、他業種多領域から採用を行っており、過去にはAmazonの研究開発組織であるLab 126のメンバーの引き抜きも行ったことがあります。
アイディア実装までの厳しい検証
次のフェーズでは、機関内のプロジェクト事業化支援組織「Foundry」が重要な役割を担っています。シーズとして出てきたアイデアは、まず、この「Foundry」内の、「Rapid Evaluation Team」で検討されます。
「Foundry」チームで週に数回のMTGが開催され、「X」やGoogleが保有している技術でアイディアの実現が可能か、実現後のアイディアが正しい問題解決になっているかなどが論点となり、厳しい目線でアイディアの検討を行なっています。
プロトタイプ開発
「Foundry」の厳しい審査を通過したアイディアは、「X」のプロジェクトチームはもちろん、Google社内の専門家などの力も借りながら製品化されていきます。2万平方フィート(サッカーコート半分くらい)の開発拠点も存在しています。
プロダクトの検証
「Foundry」は開発されたプロダクトをユーザーに使用してもらい、実際にニーズがあるかの検証なども合わせて行なっています。
チームはマッキンゼー出身のビジネスストラテジストや、デザイナー、UXリサーチャーなどで構成されており、プロダクトへのフィードバックなども合わせて行われています。研究開発した技術を事業化する際に陥る「死の谷」を越えるための組織であると言えます。
事業化方法
Googleは「X」内で有望とみられるプロジェクトをAlphabet傘下の子会社として独立させるExit方法をとっています。
これまでにもいくつかのアイディアがこのフェーズまで到達し、実際に独立を果たしています。とにかく世の中にインパクトを与える事業かどうかという観点が重要視されています。
これまでのプロジェクト事例
これまでに製品化、事業化されているX内のプロジェクトとして以下の事例が挙げられます。いずれもGoogleの本業とは全く関係なく、まさにMoonShotと言えるのではないでしょうか。
Google Self-Driving Car
ロボットカー開発。後にWaymoとしてAlphabet傘下の子会社に
Google Contact Lens
糖尿病患者が常に血糖値をモニタリングできるコンタクトレンズ。外部企業下で製品化
Project Loon
多数のバルーンを空に飛ばして安価なネットワーク網を生成し、インフラが整っていない地域にもインターネット接続を可能にする開発プロジェクト
Project Wing
電動大型ドローンによる宅配サービス。2018年Alphabet傘下子会社に
イノベーション組織マッピング
これまでご紹介したように、「X」内で行われる研究は、既存の事業ドメインを全く考慮しないものです。また、研究開発に関して、すべてのプロセスを基本的に「X」内のみのクローズドで進めている点も特徴と言えます。ただし、「Google Contact Lens」のように、ある程度開発が進んだ段階から外部の企業と提携し製品化を進めるプロジェクトもあるようです。
まとめ
「X」の特徴として、「Foundry」という事業化組織の存在、プロジェクトの出口としてAlphabet傘下の子会社としての独立という選択肢があることが挙げられます。
「Foundry」は、アイディアを事業として実装する際に必要となるビジネスストラテジーやUIUX開発の機能を共通機能として持つことで、より多くのアイディアのプロトタイプ、事業化検証を進めることができています。結果としてより多くのアイディアが死の谷を超えることができているのではないでしょうか。
また、事業化が見えてきたアイディアは子会社として独立させることにより、意思決定プロセスも本体から独立させています。結果として、大企業にありがちな既存事業とのシナジー、カニバリゼーションを考慮することで事業化が進まないという問題を回避しています。
このような特徴は日本の企業内でイノベーション創出組織を設置する場合にも参考になるのではないでしょうか。
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