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転職で人生が変わった僕がした3つの整理 / KAI-YOU 社外取締役 長谷川賢人

7時50分に目覚めないと遅刻ギリギリになってしまうのに、8時20分になっても体が動かない。なぜか毎朝、体が火照っている気がする。重たく寝返りを打つ。もう、ほんとうに起きないと仕事に遅刻する。あぁ、怒られるのはいやだ。ぼくはどうにか、起き上がる。

スーツから見えるところだけにアイロンをかけたワイシャツを着て、ネクタイをゆるくしめ(会社に入る直前でしめ直すつもりだ)、そっけない食パンをかじりながら、革靴を履く。

サラリーマンだったぼくの、5年前の、ある日の朝のことだ。

いま、ぼくは編集者やライターとして生計を立てている。転職で人生は変わるとぼくは断言できるし、あの時に異業種転職のチャンスをくれた会社には感謝してもしきれない。

ぼくの転職体験が、人生を変えたい誰かの参考になれば願って、まとめてみることにする。

ファンタジーを抜け出せ!

新卒で入った会社で「やりたかったこと」は特になく、将来の夢もなく、会社員3年目のぼくには恋心だけがあった。彼女は幼い頃から心に決めていた仕事に就いていて、はっきりと物を言うひとだった。彼女に社会人として認められたくて、人生の先行きを照らしたくて、ぼくは大学時代に手に取らなかった「ビジネス書」をたくさん読んでいた。

「ビジネス書なんて、実践しないとファンタジー小説と一緒だよ!」

ある夜、彼女にそんなことを言われた。ぼくはひとり、さんざんに泣いた。巷には「自分らしい働き方」や「天職との出会い方」といった本がたくさんあるし、当時のぼくもそれらに目を通していたけれど、彼女の言葉を借りれば空想に生きているのと同じことだった。

本に書いてあることをちゃんとやってみよう。ぼくはチラシの裏紙に2つの円を描いた。

働く側にとって重要なキャリア目標、つまりハッピーキャリアの法則は次に集約される(中略)。『コア動機』と『コア能力』、この二つを拡大・交差させた部分で『現実の仕事』を得る。──渡邉正裕『35歳までに読むキャリアの教科書』(p.61、ちくま新書)

平たく言うと、「やりたいこと」と「できること」の間にある仕事をしよう、というススメだ。当時のぼくは「自分の名前で仕事をすること」と「文章を書いて何かをつくる」と定めた。かくして、学生時代に就職で全敗した、編集者やライターとして生きることを決意する。

昔から「楽しいことだけは積極的にやる」と両親や塾の先生から言われていたぼくは、ネットの求職サイトや各社の採用ページだけでなくハローワークにも通って、日夜を問わずに求人情報を漁り、未経験でも編集者やライターに関わる案件に応募し始めた。東京生まれ東京育ちのぼくだったが、関西の釣り雑誌社や美術出版社にも履歴書を送った。移住してもよかったし、紙媒体でもウェブメディアでも、それこそ待遇もほとんど気にしなかった。

そこで、ぼくは「ウェブメディア運営会社」の「ニュースサイトに配信する記事の見出しをつけ直す仕事」に応募した。例の彼女や先輩にアドバイスを請うて実践し、今で言うクラウドソーシングのライターとして記事を何本か作って「実績」とし、面接に備えた。希望する待遇には正社員からアルバイトまで全てにマルをして、年収も実際より低く書いた。本心だったが、とにかく雇われたかったのだ。



大学時代に友達とニコニコ動画へアップした動画が(なぜか)大ウケした幸運もあって、気づけば最終面接へ。面接から30分後、採用の知らせを地下鉄のホームで聞いた。そのスピード感にも惚れて、ぼくは電話口に「お願いします」とすぐ答えた。

後日、契約書を確認すると、「正社員」で「編集部」に配属となっていた。ぼくの新しいキャリアが始まった瞬間だ。

異業種転職をする前にした、3つの整理

ここで一度、まとめなおしておこう。ぼくは主に3つの整理をしたことになる。


1.コア動機とコア能力から就く仕事を見定めた

2.チャンスを得るために時間の使い方を変えた

3.待遇やお金のことは一切気にするのをやめた


つまり、捨て身の作戦を取ったわけだ。幸いにこの日本で、見守ってくれる両親がおり、少ないながらも頼れる友人がいるぼくは、「早々死ぬことはないだろう」という境地にいた。「今の会社を辞めたら生活のレベルが下がる」とか「社会的な保証がなくなってしまう」とか、全部どうでもよかった。

その頃のぼくは社会人になって始めた一人暮らしのおかげで、グラム29円の鶏むね肉で韓国産の発泡酒を楽しく飲むスキルを得ていたし、浅草や赤羽なら千円札一枚で飲める快楽を知ってもいた。古本屋に行けば100円で古今東西の名作が手に入り、インターネットはいつでも優しかった。僕にとって「楽しく暮らす」ためのお金は、それほどいらなかった。

死ななければいいのだ。お金も、仕事も、全て後から付いてくると、僕は(思い返せばナチュラルハイに近いけれど)ピュアに信じ込んでいた。そして事実、5年後になって、この思い込みは実現することになる。

ただし、今なら志望動機に関しては、「どうしてその会社や環境で働きたいのか」を、しっかり説明できるほうがもっと良かったなと思う。たとえば、「このメディアのこんなところが大好きで、ぼくが追っているこういう興味やスキルは役立てるはず」とか。会社は自己実現をする場ではなくてビジネスをするところなので、いかにビジネスを主語にして自分を話せるか、なんだろうと思う。「ここで働かせてください!」は『千と千尋の神隠し』だけにしておくべきだった。

挑戦なんかしなくていい。必要なのは勝負だ。

最後にもうひとつ、思い出話をする。ぼくには大学時代からお世話になっている「姉貴」のような先輩がいて、彼女にはたくさんの飲み会に招いてもらった。ぼくはそこで「アダルト業界で働く大人たち」と出会った。彼らの多くは、会社やアルバイトを辞めて流れ着いたり、自らの欲求に従い転向したりと、事情さまざまに働いていた。クセのある人もいたが、ふしぎとみんな明るかった。少年のように笑い、レモンサワーを飲む人々だった。

「あぁ、大人っていうのはいろんな人がいて、いろんな生き方があっていいのだ」と知ったぼくは、心が軽くなった。父が自営業だったのも、その腹落ち感を支えてくれた。

経営コンサルタントの大前研一さんは、こんなふうに書いている。

決意の無駄打ちをしないで、自分を変えるにはどうしたらいいか。私が昔から使っている簡単な方法が3つある。時間配分を変えること。住む場所を変えること。そして付き合う人を変えることである。──大前流「自分を変革する」3つの方法(http://president.jp/articles/-/17083 、PRESIDENT Online)

たぶんそれは、付き合う人を変えると、生き方の多様性に気づいて、思い込みが外れていくからだと思う。いま、もし、生きたいように生きられていないとあなたが感じるなら、それも「思い込み」のせいかもしれない。

先日、ある就職セミナーの参加者リストを見ていると、志望動機の欄に「この業界で挑戦したい」という言葉をたくさん見た。でも、「得たい仕事で身を立てていく」ことって、ほんとうに「挑戦」なんだろうか? 

異業種転職をはじめ、人生を変えたい時に必要なのは、「立ち向かう姿勢を表す」よりも「勝負を仕掛けること」だと、ぼくは思う。起こりうるリスクを引き受けて、それでもなお覚悟を決めて突き進む。大金を得たいのであれば、競馬場へ行くのでははなく馬券を買わなければならない。

挑戦ではなく、勝負をしよう。生き方なんて、なんだっていいじゃん。世の中には採用基準を「バイブス」だって言い切る社長だって、いるんだし。そんな社長のもとでめちゃくちゃ働いてみたら、今とはぜんぜん違う景色が見えるはず。

「5年前のぼく」が、5年後のぼくを、想像できなかったように。

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